もり・たいきちろう

明治37(1904) 年生まれ。東京市芝区南佐久間町(現・港区西新橋)出身。生家は米屋のかたわら貸家業も営んでいた。大倉高等商業学校(現・東京経済大学)を経て東京商科大学(現・一橋大学)に学ぶ。大正12(1923)年の関東大震災によって実家の所有物件がほとんど倒壊してしまったことで、災害に強いコンクリート造への建て替えの必要性を痛感する。昭和3(1928)年に大学を卒業すると関東学院高等部や大倉高等商業学校の講師となり、昭和7(1932)年には京都高等蚕糸学校の教授に就任した。戦後はレーヨン投資で得た巨額の利益をもとに、東京・虎ノ門周辺の土地を買い進めた。昭和21(1946)年に横浜市立経済専門学校の教授となり、昭和24(1949) 年には学校改組により横浜市立大学の教授に就任。昭和29(1954)年には商学部の学部長となった。大学で教鞭をとるかたわら昭和30(1955) 年に森不動産を設立。翌年には第1森ビルを竣工させた。昭和34(1959)年に大学を辞すると森ビルを設立して事業に専念。再開発事業では地権者全員の合意を得る交渉を重視したことから「赤坂アークヒルズ」は完成までに20年の歳月を要した。平成5(1993) 年、88 歳で死去。