貸付金という時限爆弾

家族に多大な税負担


 2016年に死去した鳩山邦夫元総務相の相続に絡み、遺族が約7億円の申告漏れを指摘されていたことが分かった。政治団体への貸付金を相続財産としてカウントしていなかったことなどが理由だという。中小事業者でも、経営者個人が貸したお金が相続発生時に残っていると、全額が相続財産に計上され、残された家族に税負担が重くのしかかることになる。積もり積もれば経営危機を招きかねない〝貸付金〞の恐ろしさに迫る。


 故・鳩山邦夫氏の相続に関し、東京国税局が指摘したのは約7億円の申告漏れだ。そのうち約4億5千万円が邦夫氏から自身の政治団体への貸付金で、残りは不動産の評価額の誤りだった。いずれも意図的な税逃れではないと判断され、重加算税は課されなかったが、過少申告加算税を含む追徴課税は2億数千万円に上った。遺族はすでに修正申告と納付を済ませたという。

 

 2016年に67歳で死去した邦夫氏といえば、政界でも群を抜いた資産家として知られた存在だった。生前には、国会議員資産公開法に基づいて公表される資産ランキングで毎回のようにトップを飾り、その死去によって衆院議員全体の平均資産額が16%落ち込んだというから相当なものだ。

 

 そして最新の18年版の同ランキングでは、邦夫氏の遺産を引き継いだ息子の鳩山二郎衆院議員(自民党)がトップとなっている。資産額は2位の元榮太一郎議員(約5億円)を大きく引き離す17・5億円で、その大半は邦夫氏から相続した株式の売却益だ。また邦夫氏の兄・由紀夫氏も、首相時代には月1500万円にも上るという〝おこづかい〞を母・安子氏から受け取っていたことが話題になった。鳩山一族の資産規模がうかがえるエピソードだ。

 

 鳩山一族の富の源泉は、世界最大手のタイヤメーカー、ブリヂストンによるものだ。安子氏は同社の創業者・石橋正二郎氏の長女で、父親から引き継いだ莫大な財産を子である由紀夫氏や邦夫氏へ分け与えた。邦夫氏は同社株や不動産などを多数所有していたため、16年の死亡時に妻エミリー氏や息子の二郎氏など4人の相続人が引き継いだ財産は100億円を超えるといわれる。

 

政治家の特殊な相続事情

 邦夫氏の遺産のうち、東京国税局が申告漏れを指摘したのは、邦夫氏が生前に政治団体へ貸し付けていたお金だ。邦夫氏が代表を務めていた政治資金団体「新声会」の収支報告書によれば、16年6月の相続発生の時点で邦夫氏から6件計約4億5千万円の借入金があったという。故人が団体や個人に貸していたお金は原則として相続税の対象となるが、遺族は申告していなかったことから、今回の追徴課税の対象となった。

 

 政治団体の財産の引き継ぎは極めて特殊だ。政治団体の代表者が引退したり亡くなったりした際には、後継者が代表となって資金を使うことも、別の政治資金団体に資金を移すことも許されている。政治資金である限り、資産の引き継ぎには贈与税も相続税もかからず、無税での〝相続〞が可能となっている。

 

 政治資金団体が「ブラックボックス」と呼ばれるゆえんで、これまでも小渕恵三元首相の死去に際して娘の優子氏が約1億6千万円を無税で承継している。また安倍晋三首相も父・晋太郎氏の政治資金6億円超をそのまま受け継いだと報じられている。

 

 邦夫氏の政治団体「新声会」では、16年8月の相続発生時に貸付金を返済せず、人件費に約55%を費やすなど残金を使い切った上で、いったん解散した。その後、後継者である二郎氏が同名の資金管理団体を立ち上げた時点で、貸付金の記載がなくなったという。生前に借金以外の何らかの手段で資金団体へ資産を移しておけば税務上は問題にならなかった可能性が高いが、今回の貸付金は政治団体ではなく、あくまで邦夫氏個人の財産であったため、政治家の資産としては珍しく国税のターゲットとなったわけだ。

 

 今回のケースは、中小法人のオーナー経営者にとっても無関係ではない。邦夫氏は政治活動、経営者は事業活動という違いこそあれ、自身の活動基盤である団体に個人が貸し付けたお金が相続トラブルの種となるのは、経営者にとっても珍しい話ではないからだ。むしろ政治資金団体を通じた〝抜け道〞がない分、中小事業者の相続こそ、貸付金問題を生前に解決しておく必要がある。

 

 経営者が自分の法人に貸したお金は、「事業主借入金」とよばれる。会社の立場から見ると、社長から借りたお金ということだ。資金繰りが厳しくなったときの当座の運転資金として、社長個人が一時的に会社へお金を入れるというケースは珍しくない。経営状況が苦しくなくても、支払いが入金より先に来てしまい、そのタイミングで手元に現金がないため社長個人が立て替えることもある。

 

 この社長借入金は、資金繰りに苦しむ会社だけでなく、業績が右肩上がりで伸びている場合にも起こり得る。業務拡大に伴って取引先などへの支払いが増加し、儲けに応じて役員報酬も上がっていく。一方で、急激な状況の変化に金融機関からの融資では対応できず、その場しのぎの対策として社長からの借金に頼ることが多いからだ。

 

 そうしてできた借金は、資金繰りに余裕のある時に返せばいいのだが、事業は常に動いているものでもあり、なかなか理屈通りにはいかない。返済期限が決められているわけでもない身内からの借金ということもあり、取引先への支払いや納税を優先してしまい、後回しにしがちだ。一時的に返したとしても、一度便利な方法として覚えてしまえば借金を繰り返し、気が付けば数千万円から数億円に膨らんでいるというケースも起こり得るだろう。そして社長の身に何かが起こって相続が発生すれば、今回の邦夫氏のケースのように、すべてが相続財産として課税対象となってしまう。

 

 社長借入金の多くは、将来的に返してもらえるアテがない。そんな貸付金が相続税の課税対象となって、数百万円から数千万円の税負担が発生してしまうのは、余りにもばからしい話と言わざるを得ない。

 

債務免除益をいかになくすか?

 社長借入金という〝時限爆弾〞が爆発する事態を防ぐためには、相続の発生までに会社への貸付金を限りなくゼロに近づける必要がある。そこで真っ先に思い付くのは、社長が借金をチャラにすること、つまり債権放棄だ。返ってくるアテのない借金に相続税がかかるのなら、いっそ帳消しにしてしまったほうがマシというものだ。

 

 だが債権放棄にはいくつかの問題が付きまとうため、必ず解決策とセットで考えなければならない。特に、借金を帳消しにしてもらった会社には「債務免除益」が発生し、法人税がかかる可能性が高くなる。

 

 代表的な解決策としては、繰越欠損金を使って利益を打ち消すやり方がある。会社に繰越欠損金があるのであれば、赤字の範囲内で少しずつ債権を放棄していく。欠損金の範囲内であれば債務免除益を一切出さなくて済む。

 

 生命保険を活用する手もある。支払保険料の一部が損金となる法人加入の生命保険を使い、年ごとに支払う保険料のうち損金算入する額と同額を債務免除してゆくというやり方だ。満期を迎えたあかつきには、保険金を会社が受け取り、それによって残額を返済するかたちにする。また保険金の受取人を社長とするなら、会社が支払う年々の保険料というかたちで返済し、それと同額の債務を減じていくというやり方もあるだろう。保険金という一時所得が社長に発生するものの、返してもらうアテのなかった借金が現金に生まれ変わるのだから、メリットは大きい。

 

 その他、DES(デット・エクイティ・スワップ)と呼ばれる方法もある。社長が債権を会社に現物出資したというかたちをとり、その代わりに会社は経営者に自社株を割り当てるというやり方で、貸付金が株式に変わることになる。その後、自社株の評価額を下げれば相続税負担を抑えられるし、会社の自己資本比率が上がるため金融機関からの融資が受けやすくなるという副次効果も期待できるだろう。ただしこの手法でも、会社に債務免除益が発生するため、法人税対策を講じなければならない。

 

 また、借入金債権にかかる相続税負担と、債務免除益にかかる法人税負担を比べた上で、あえてどちらかを受け入れるという考え方もある。相続財産や会社の規模にもよるが、中小法人には法人税の軽減税率が認められているため、多くのケースでは法人税を納めたほうがマシという結論になるだろう。

 

 なんらかの税負担を受け入れるという判断をしない限り、どの解決法を採用するにしても、必要なのは対策に要する時間だ。欠損金を使うにしろ生命保険を使うにしろ、共通しているのは時間がかかるという点で、社長借入金の問題はすぐに解決できるものではない。ただし、長期計画のもとに時間をかけて取り組めば、税負担を抑えつつ確実に解消できる問題でもあるといえる。社長が健康であるうちに、決して先送りにせず、すぐにでも対策を講じていきたい。

(2020/03/03更新)