相続税を「物納」するとは?

コロナ禍で相続税が払えない!


 新型コロナウイルスの感染拡大によって、「いずれ不動産価格が大暴落する」という言葉を経済アナリストなどから頻繁に聞くようになった。バブル崩壊時は相続税を不動産や株式などの「物」で納める人が急増したが、コロナ禍でも相続税の物納を選択せざるを得ない人が増えるかもしれない。現金がないときに利用する物納は、納税の最終手段だが、その仕組みだけは押さえておきたい。


 相続税は金銭で一括納付するのが原則だ。しかし、どうしても現金で一括納付できない場合には、一定の条件を満たせば最大20年の延納(分割払い)が認められている。そして、それでも納付が困難であれば、相続税に限って不動産や有価証券などの「物」で納めることが認められている。現金、延納、物納という順番で検討がなされるということだ。

 

 ちなみに物納の許可を受けるためには、細かく規定された要件をすべて満たさなければならない。物納する際の「物」には順位があり、第一順位は不動産、船舶、国債証券、上場株式など、第二順位は非上場株式、第三順位は動産と規定されている。また相続財産の中に同順位の物納財産が複数あるときは、「物納劣後財産」と呼ばれる転売しにくい不整形地などは後回しになる。

 

 この相続税の物納は予想以上に申請件数が少ない。2019年度は全国で11万件以上の相続税の申請があったが、そのうち物納はわずか61件だった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大による経済状況の悪化に伴い、相続税を不動産や株式で納めようと考える人が増えていく可能性は高い。

 

 バブル崩壊期には、地価が一気に下落し、相続税路線価が地価を上回る逆転現象が起こった。さらに国税庁が評価水準を公示地価の8割へと引き上げたことで、相続税評価が時価を大幅に上回る「逆転物件」が大量に発生して売買取引は停滞した。不動産を現金化できない人が続出し、年間400件程度に過ぎなかった物納での申請件数は、1万2778件(1兆5645億円)へと急増するに至った。

 

路線価と時価の逆転現象

 7月に発表された相続税路線価にはコロナの影響は全く反映されていない。つまりコロナショックでもバブル崩壊後と同じような状況が生まれることが十分に考えられるのだ。公示地価も基準地価も実際の市場の動きとはどうしてもタイムラグがある。相続税路線価も実際は1月1日時点のものだ。相続税評価額より売値の方が低くなり、土地の価値に見合わない税負担が強いられるケースが出てくることが予想される。土地の実勢価格は大きく下がっているのに、相続税路線価にはコロナの状況が反映されていないことから相続に大きな影響を与えることになる。

 

 日本では、相続人が取得した相続財産の約4割を不動産が占める。一部を売却しないと相続税が支払えない人はまれではない。物納は決して好ましい選択とは言えないが、バブル時と同様、路線価と市場価格の逆転現象が起きて現金で納めることができない場合には、制度を使うしかない。

 

 手元に不動産しかない場合、不動産を売却して現金で払うか物納するかの選択をしなければならない。ただ、相続税を現金で納めるために不動産を売却するとなると、申告期限の10カ月以内に決済しなければならないので、時間の余裕はさほどない。コロナによって土地価格が下落することを想定すれば、売却額の折り合いがつかなかったり、相手に買い叩かれてしまったりすることもあり得る話だ。売却できるまで延納することも可能だが、この場合には納付するまでの利子税を負担しなければならない。

 

 その点、物納は市場で売却が難しい不動産(不整形、崖地など)であっても、納付期限内に相続税評価額で納められる点が好材料だ。

 

 また不動産を売却したときの譲渡所得には、最低でも20%(自宅の場合は14%)の所得税がかかるが、物納であれば、譲渡所得税がかからない。相続が発生してから3年10カ月以内に不動産を売却すれば、譲渡所得税が減額される特例(取得費加算の特例)もある。財産を現金化する必要がないので、それに伴う税金や売却コストがかからないわけだ。

 

現金納付が基本だが…

 一方で物納にはデメリットがある。税務署が不動産を市場の時価では評価してくれないことだ。物納する際の土地の価格は相続税評価額を使う。これは、「小規模宅地の特例」などの減額措置を考慮した価額だ。また不動産の確定境界線の測量は必ず行わなければならない。

 

 不動産だけではなく株式で物納するケースもある。上場株は相続発生日の株価で物納できる。保有している株式が相続発生日より後に下落してしまった場合には、相続発生日の株価(評価額)で物納してしまったほうが、株式を売却して現金で納税するよりもトクということになる。

 

 売却して現金で納税する場合、相続税の評価にあたっては相続発生日を基準とした株価が適用される。また、売却時に利益が発生すれば、譲渡益に対して課税される。

 

 繰り返しになるが、物納は現金で納付することが困難で、延納でも支払えないということが条件になっている。しかも納税者側で物納するための不動産を選んでも、そのとおりに税務署が受け付けてくれるとは限らない。物納する財産を納税者側で決めることができるのであれば、不要な物を国に押し付けることが可能になってしまうからだ。

 

 物納の手続きは複雑で条件が厳しいため、多くの相続人が物納ではなく、不動産等の相続財産を売却して相続税を支払っている。それでも、いざというときに現金がなければ物納という最終手段があることを理解しておきたい。

(2020/09/29更新)