東京税理士会が改正要望

相続税の計算方法が変わる?

過去にも2度の変遷


 東京税理士会(西村新会長)はこのほどまとめた平成29年度税制改正に向けた要望書で、相続税の課税方式を現在の「法定相続分課税方式」(相続分方式)から「遺産取得課税方式」(取得分方式)に改めるべきとの主張を打ち出した。同方式は戦後のわずかの間、採用されていたものの、さまざまな問題によって廃止された経緯のある「ワケあり」の方式だ。税理士会が今になって60年以上も昔の方式を持ちだしてきた背景には何があるのだろうか。


 日本に相続税が初めて導入されたのは明治38年のことだ。日露戦争の戦費調達を目的として、課税方法は「遺産課税方式」(遺産方式)でスタートした。

 

 遺産方式は「遺産の総額」に応じて税率をかけるものだ。この方式では、相続人が何人いようがどのように財産分けをしようが、課される税額は必ず同額になる。「税負担を減らすために均等に取得したことにする」というような仮装分割行為を防げるという特徴があるわけだ。

 

 この方式では、遺産1億円のすべてを取得したときと遺産10億円のうち1億円を取得したときでは、取得額は同一であるにもかかわらず後者のほうが税率が高くなってしまうという問題点が挙げられる。

 

 日本がこの方式を採用した理由には、当時の相続のほとんどが、長男が遺産の全てを取得する「家督相続」が一般的だったことにある。遺産にかけた税金がそのまま1人の相続人の税負担になるというシンプルさが当時は成立した。しかし第2次世界大戦を経て、GHQの旗振りのもと日本の税制は大転換点を迎える。税法学者カール・シャウプ氏らの勧告により昭和25年、相続税の課税方式は「取得分方式」に改められることになった。

 

 「取得分方式」は、それぞれの相続人が実際にどれだけの財産を相続したかで税率を決める方法だ。多く取得した人にはその分高税率がかかり、遺産を細かく分割すればするほど税率が下がることになる。同じ額を取得しても税率が異なるというような「遺産方式」の弱点をカバーしていると言えるが、問題もある。同じ10億円を2人の相続人で分けるケースでも、5億円ずつ分割する場合と8億円と2億円で分割する場合とでは相続税の合計額が変わってきてしまうのだ。「遺産方式」と逆に、税負担を抑えるための仮装分割を助長してしまうという懸念がある。

 

わずか8年で廃止された制度

 戦後日本がこの方式を採用したのは、家督相続が少なくなっていたことに加えて、富の再分配を図れるからだ。税負担を抑えるためには多くの相続人に遺産を分け与えることになり、結果として富の一極集中を防止できるというわけだ。

 

 しかし結局、同方式はわずか8年で廃止されることになる。当時は税務行政に当たる職員が少なく、課税の現場は混乱していた。そうした状況のなかで税負担を抑えるためだけの仮装分割が横行してしまったためだ。また宅地や田畑など分割しづらい財産を相続した人の税負担が重過ぎるとの批判もあった。税務行政が整っていない戦後ならではの状況が、同方式の運用を不可能にした。

 

 それ以来、日本では「相続分方式」を採用している。この方式は、①まず相続財産の価額の合計から法定相続人の数に応じた基礎控除分を控除し、②それを全相続人が法定相続分に応じて取得したものとして分割して税率をかけ、③その税額を合計して相続税の総額を求め、④最後に実際に取得した割合に応じて税負担を按分する―というものだ。

 

 「遺産の総額」と「相続人の数」によって相続税の税率を計算するため、税負担を抑えるための仮装分割を防ぐことができる。また取得額に応じて税負担を按分するため、「応益負担」の原則にもかなう。取得分方式のメリットも兼ねそろえているわけだ。

 

 しかし東京税理士会は要望書で、同方式について、①実際に取得した額に差があっても税率が変わらず、相続人の間での公平性に欠ける、②相続人が同じ額を取得していても遺産総額次第で税額が変わるのは公平性に欠ける―という問題点を指摘した。つまるところ、取得分方式の長所も兼備するかわりに、その短所も受け継いでしまっているのが相続分方式ということだろう。

 

 また要望書では、相続分方式の短所として、ある相続人に申告漏れがあったときに他のすべての相続人の相続税額にまで影響があることや、小規模宅地等の特例などの効果が遺産すべてに及ぶことで本来特例とは関係ない相続人にまで恩恵が及ぶ問題があることなどを挙げ、「相続税の負担の公平を図れる」取得分方式へ回帰することを訴えている。

 

 確かに現在の税務行政ならば、取得分方式を円滑に運営できる可能性は十分にある。しかし仮想分割の懸念という取得分方式の根本的な問題点を解消することはできない。実は同方式は、平成20年度税制改正大綱で「検討する」と盛り込まれたものの、その後まったく形にならなかったという経緯がある。それだけ移行には問題が山積しているということだ。その点、東京会も「遺産分割のあり方が変わる可能性などに十分配慮する必要がある」と付記している。

 

 課税方式の変更は納税者の相続対策にも大きな変更を及ぼすため、慎重さが必要だ。だが現行方式によって不公平が生じているのなら、解決のための検討はなされるべきだろう。納税者のための税制であるよう開かれた議論を期待したい。

(2016/05/30更新)