強まる一方!国外財産への監視態勢

まさに金持ち包囲網


 国際課税に関する国税当局の方針を定めた「国際戦略トータルプラン」(平成28年10月公表)に基づき、富裕層の海外資産を完全網羅する体制が着々と整いつつある。平成29年度は国税庁の専門企画官の配置とともに全国の国税局の専門チーム創設が進められてきたが、来年度予算ではさらにマンパワーの充実を図るべく専門官の増員が盛り込まれた。これまで国際課税は、いわゆる〝超富裕層〞に狙いを定めたものと言われてきたが、今後いっそう重点化が進むことで、海外資産を把握する網が一般の資産家まで広がることを危惧する声が上がり始めている。世間を賑わせているパナマ文書やパラダイス文書に記されていたのはスーパーリッチ層であるものの、当局の目はそこにとどまってはいないようだ。海外資産への監視強化は、もはや他人事ではない。


 「適正に申告・納税を行っている納税者の皆さんがいるなか、あなたのように高額な所得が見込まれるにもかかわらず過少に申告を行うことは許されない」

 

 国税庁が昨年12月に公表したドラマの一場面だ。海外にある相続財産や所得を隠していた富裕層が、国税当局の担当官に問い詰められている。国税庁のホームページ内のインターネット番組「Web -Tax -TV」で見ることができるもので、国税庁によると「(番組内で紹介する)ドラマ仕立ての動画の作成は3年ぶり」というから、いかに国際的租税回避行為への取り締まりに力を入れようとしているかがうかがえる。

 

 平成28年10月に公表された国際戦略トータルプランでは、一定額以上の資産を持つ超富裕層の監視を強化する方針が明確に打ち出されている。当局はトータルプランの公表以降、着々とマンパワーの充実を図り、国際的租税回避の取り締まりを強固なものにするスタンスを見せつけている。

 

国際税務専門官も増員

 国際課税の司令塔として国税庁国際課税企画官を新設し、当局の専門チーム(重点管理富裕層PT)を増員するほか、税務署の専門官も増やす。他部署の人員を減らしてでも国際課税の人員増を図る当局の姿勢からはその力の入れようがうかがえる。

 

 人員が増えることでより海外資産への監視に力を入れられるようになれば、重点管理富裕層PTが調査対象にしている超富裕層の基準が引き下げられることも考えられ、将来的には一層多くの人が監視の対象になることが危惧される。

 

 当局はマンパワーに加えて情報資源の充実を図っている。現在、外国との送受金が100万円を超えるときは、国外送金等調書制度により金融機関から税務署に情報が流れることになっている。また海外に5千万円を超える財産がある人は毎年税務署にその旨を届け出なければならない国外財産調書制度が平成25年に始まった。

 

 なお昨年は9102件の国外財産調書が提出されているが、調書の提出義務者の全体を把握できているわけではなく、当局では「氷山の一角」と見ている。さらに今年9月までに、海外の金融口座の残高情報や多国籍企業のグループ情報を他国と交換する制度をスタートさせる。

 

 国際戦略トータルプランに基づく調査事例をみると、こうしたさまざまな情報資源を利用して海外資産を把握していることが分かる。

 

ある相続税調査では、申告書には記されていなかった外国の株式を相続人が受け継いだことを、他国との自動的情報交換資料によって税務署が把握。さらにその株式の配当所得を申告していなかったことも外国の当局から受け取った資料で明らかになり、納税者は加算税を課税されている。海外の情報も想像以上に把握されていると考えてよい。

 

富裕層は「税逃れ予備軍」?

 海外資産への監視強化の傾向は数年前から表れている。相続税調査でみると海外資産がある人への平成28年度の調査は917件で、24年度から4年連続で増加。相続税調査全体のうち問題が指摘されたのは82%だが、海外資産を持つ人への調査で問題が指摘される割合は12・8%にまで下がる。通常の相続税調査は高い確率で問題を指摘できると判断した段階で調査に入る一方、海外財産を持っている人には手当たり次第に調査を行っている可能性が浮かび上がってくる。

 

 パナマ文書やパラダイス文書の公表をきっかけに、タックスヘイブンを利用して税金を逃れる超富裕層に対する国民の不満がかつてないほどに高まっているなか、当局は「大衆のお墨付きを得た」とばかりに富裕層への徴税強化を図っている。国際戦略トータルプランで定められた方針に基づき、今後当分の間は税務調査で富裕層が狙われることになるだろう。

 

 実際、トータルプランには、「富裕層は、弁護士や税理士といった専門家や富裕層向けにサービスを提供する金融機関の助言で、複雑な取り引きを組み合せて税負担を軽減・回避しようとすることがあります」と、富裕層が税逃れ予備軍であるとみなすような記述がある。海外資産への監視が加速度的に強化された中、合法的な節税策でも、海外の財産や所得に関するスキームは当局に疑いの目で見られるおそれがある。

 

 富裕層個人だけではなく、その関係者や関連法人も「管理対象者グループ」として徹底的に調べ上げる方針であることがトータルプランに記載されていることも注意したい。冒頭の動画では、海外の財産や所得を故意に隠したとされる者だけではなく、その親族も「あなたにも責任があるのではないですか」と当局の重点管理富裕層PTに責め立てられる場面がある。富裕層への包囲網は思いのほか広く、自分だけではなく身近な人にも損害を被らせるおそれがあるというわけだ。当局の視線が厳しくなるなか、痛くもない腹を探られないように、税理士に相談しながら資産対策を講じるようにしたい。

(2018/03/07更新)