世界トップレベルの最高税率

二重課税の相続税を廃止せよ!

「資産家イジメは国家の危機」


 とかく「金持ちいじめの極み」「ポピュリズム課税」などと言われ、すっかり嫌われ者となっている相続税だが、税の専門家である税理士の中でも同税の廃止を望んでいる人が多数に上ることが、本紙の姉妹紙『税理士新聞』が実施した読者アンケートで分かった(総回答数180)。昨年から最高税率が世界トップレベルにまで引き上げられ、同時に裾野を広げて大衆税化しつつある相続税の意義について考えてみた。


 二重課税である相続税は即刻廃止すべきだ――。『税理士新聞』によるアンケートでは、実に回答者の7割(126人)が相続税の廃止に賛成だとし、こうしたコメントが多数寄せられている。相続税に異を唱える論拠はいくつかあるが、やはり最も多いのは「二重課税」という見解だ。家族のために一生懸命に働き、稼いだ分から所得税をしっかりと納め、その残りを子どもに譲るときにさらに課税されるのは二重課税にほかならないという。一方の相続税を存続させるべきとの回答には「所有者が変わるのだから相続課税は当然」というコメントも散見されたが、「二重課税論」に比べると少数だ。

 

 こうした二重課税論を擁護するコメントには税法理論としてアカデミックに自説を展開している意見がある一方、「他人への譲渡と家族に引き継がせるものは根本的に違う」(60代男性)といった〝家〞をベースに据える日本古来の考え方も透けて見える。単純に「資産の移転」と割り切ることはできなそうだ。

 

 さらに、同税への反対意見では「大衆迎合のポピュリズムの極み」(50代男性)というものも多く見られた。昨年施行の改正法では、基礎控除額が従来の「5千万円+(法定相続人数)×1千万円」から、「3千万円+(同)×600万円」へと大幅に引き下げられ、課税対象の裾野が広がった。相続税の大衆化とも言えるが、それでも最高税率が50%から55%に引き上げられたインパクトが大きく、「金持ちイジメそのもの」(静岡県50代)というイメージはかえって強まっているようだ。

 

 たしかに、最高税率55%というのは世界的に見てもトップレベルだ。各国による制度の違いから単純比較はできないものの、米国40%、英国40%、仏国45%、独国30%となっている。なお、各国の最低税率は、日本10%、米国18%、英国40%、仏国5%、独国7%で、一律の税率を課す英国と比べれば日本は「金持ちイジメ」の国に映るが、仏・独と比較すればバランスはとれているようにもみえる。

 

 世界では、そもそも相続税そのものがない国や廃止した国も多く、スイス、カナダ、イタリア、オーストラリア、ニュージーランド、スウェーデン、マレーシア、タイ、シンガポール、中国などが該当する。

「プチ富裕層」にも大きく影響

 こうした世界の潮流から、高税率な相続税を避けようと日本から〝無相続税国〞に資産フライトする富裕層もいる。前述のアンケートでも資産家の海外移転を危惧する意見がいくつか見られ、「お金を貯めた人を尊重しない国に未来はない」(50代)、「税金が成功者への罰になるようでは日本経済全体にも影響する」(埼玉県70代)と、富裕層への過度な課税は国家的な危機につながるといった大局観に基づくコメントも少なくなかった。

 

 日本の相続税は1905(明治38 年)、前年に始まった日露戦争の費用調達を目的に導入された。戦争は辛くも日本の勝利で終わったが、米国ポーツマスで取り交わされた日露講和条約では賠償金が支払われず、財政難を乗り切るため相続税はその後も存続された。今年で111年を迎える長期税制だ。

 

 日本では、「相続対策は土地対策」と言われるくらい、資産の重点が土地にシフトしている。そのため地価の状況が相続税額に大きく影響し、バブル末期の1992年には相続税額は3兆5千億円と最高値を記録した。だがバブル崩壊による地価下落で2004年には1兆1千億円にまで下がった。今回、実質増税となる改正により2兆円に達すると見込まれている。今後、富裕層はもとより、新規対象となった「プチ富裕層」にも大きく影響していくことは確実だ。

課税ベースは適切なのか?

 富裕層や税理士から相続税の廃止を求める声が上がるなか、相続税の廃止を正面から訴えている政党は維新政党・新風や幸福実現党など一部に過ぎない。逆に日本共産党や社民党では、相続税強化により富の集中を排除するよう求めている。

 

 相続税の二重課税性や「金持ちイジメ」論が税理士界での多数派を占めるなか、前出のアンケートでは「貧富の格差を是正するために残すべき」(福岡県)といった意見も少なからず見られた。こうした主張の根底には、「所得の再分配こそが税の本質」(東京都)という考えがあり、広がり過ぎた格差の解消に相続税は「一定の役割を果たしている」としている。

 

 アンケートで廃止を訴えた税理士の意見からは、顧問先経営者の「頑張って稼いだ分からさらにはぎ取られるような苦痛」が透けて見える。そして一方の相続税の存続と機能強化を求めるコメントからは、苦しい経営を強いられる顧問先の姿が映し出されているようだ。

 

 双方の主張は、社会のあり方と税の意義そのものに関わることでもあり、決して交わることがない部分もある。だが、少なくとも共通しているのは、相続税の持つ現在の課税ベースの不均衡さではないか。累進とはいえ、相続財産6億円を上限に定められた最高税率は果たして適正なのか。4千万円で最高税率となる所得税の累進ベースと同様に、冷静に考え直す時期かもしれない。

(2016/12/02更新)