たばこで揉めない職場形成へ

受動喫煙対策、待ったなし!

国の助成金なども活用


 国立がん研究センターはこのほど、受動喫煙による日本人の肺がんリスクについて、これまでの「ほぼ確実」から「確実」へと評価を引き上げたと発表した。受動喫煙については東京五輪を前に政府も対応に本腰を入れており、職場での企業の対策は昨年6月より「努力義務」へと法改正されているが、このたびの評価替えはさらに各方面に影響を与えそうだ。職場での受動喫煙をめぐる訴訟では健康を害したとする〝被害者〞の勝訴も報じられている。「たばこで揉めない職場形成」が急務となった今、国の助成金なども活用し、企業は対策を講じたい。


 国立がんセンターは肺がんリスク評価の引き上げに伴い、がん予防のガイドラインの記述についても、他人のたばこの煙を「できるだけ避ける」としていた部分から〝できるだけ〞を削除し、「避ける」と明言する形にグレードアップした。これにより喫煙行為について各方面からの〝包囲網〞がさらに強まることは確実だ。

 

 2010年に閣議決定された「新成長戦略」では、20年までの目標として「受動喫煙のない職場環境の実現」が掲げられている。また、日本は世界保健機関(WHO)が04年に発効した「たばこ規制枠組条約」を世界172カ国とともに締結しており、そのガイドラインにある「すべての屋内の職場、屋内の公共の場及び公共交通機関は禁煙とすべきである」との宣言を守らなければならない義務が生じている。

 

 なお、厚生労働省の研究によると、受動喫煙による肺がんなどでの死亡者数は年間6800人に上り、そのうち職場での被害が半数以上を占めていると推計している。

 

 こうした現状や世界的な禁煙・分煙の潮流を受けて、厚生労働省では03年のガイドラインでたばこの害についての広報を進め、さらに10年には職場における受動喫煙防止対策の方向性として分煙化の促進を推奨している。

 

 そして15年からは受動喫煙対策が事業者の努力義務とされたことから、企業が喫煙室を設置するなどの設備投資をしたときに一部費用を助成する制度を設けている。規模を問わずほとんどの企業が対象とされ、禁煙室の設備などにかかった費用の2分の1(上限200万円)が助成される。交付は事業所単位であるため、各支店や工場ごとに申請しても最大200万円まで認められるので、対策の折には忘れずに申請したい。さらに、厚労省では受動喫煙防止のための技術的な相談や空気環境の測定のための機器の貸し出しも無料で行っている。

事業者の理解はまだまだ

 たばこが健康に与える害については、これまで各方面で厳しい指摘がなされ、喫煙者の人口は年々減少傾向にある。また喫煙を継続している人も、たばこの害については十分に理解したうえで〝自己責任〞として喫煙を続けていることがほとんどだ。だが一方で、受動喫煙についての理解は国が思うようには進まず、WHOとの約束を果たせるかどうかは甚だ危うい状態だ。

 

 厚労省が全国の事業者2000人を対象に行った調査によると、厚労省の受動喫煙防止対策について「厳しすぎる」と答えたのは13%(小数点以下四捨五入、以下同)で、喫煙可能な職場の事業者に限れば29%にも上った。その理由については「資金面で対策困難」(50%)が最も多かったが(複数回答)、そのほかには「受動喫煙の害があるとは思えない」(23%)、「そもそも対策の必要性を感じない」(37%)といった回答が散見された。

 

 さらに、受動喫煙対策が義務化されたことを受けて今後の自社の方針を聞いたものでは、「積極的に取り組む」とした答えが31%あったものの、「現状を維持する」として特に取り組まないとの回答が65%(喫煙する職場では72%)に上り、受動喫煙への対策を〝甘く見ている〞現状が浮き彫りとなった。

健康被害に和解金700万円

 たしかに、労働安全衛生法の改正による受動喫煙への取り組みは現状では努力義務であり、法的なペナルティーが設けられているわけではない。ただし、非喫煙者の人権と健康被害についての社会的な理解は進み、健康増進法の企業義務も絵に描いた餅ではなくなり、以前なら被害者が門前払いをくらっていたような裁判でも、会社側の責任を認める判決が見られるようになっていることは覚えておきたい。

 

 職場での受動喫煙が原因で化学物質過敏症になったとして、09年に北海道の男性が会社を相手に慰謝料を求めた裁判では、会社が700万円を支払うことで和解が成立している。男性は喫煙自由な職場環境で頭痛など身体に不調が見られたため社内の分煙化を求めたところ解雇されたが、これを不当であるとして訴えた。会社側は男性の体質が過敏であったと反論したが、最終的には裁判所の和解勧告に従わざるを得なかった。

 

 さらに12年には、たばこの煙だらけの職場環境についてベランダで喫煙してもらうよう願い出た新入社員に対して、会社は退職勧奨したうえで休職を命じ、本採用を見送ったところ、これを不服として起こされた裁判で、東京地裁は「社会通念上、是認される採用拒否理由にあたらない」として、会社に475万円の支払いを命じた。会社側は控訴を取りやめ、判決は確定した。

 

 このほかにも、受動喫煙に関して会社側の責任が問われる判決はいくつか出始めている。共通しているのは、あくまでも煙を吸わされる非喫煙者は〝被害者〞であり、企業にはその対策をすべき義務があると認めている点だ。決して「受動喫煙の害があるとは思えない」などとのんびりしたことを言っている状況ではないのである。

 

 前出のアンケートでは、受動喫煙防止への対策義務化を知らなかった経営者は全体の74%に上り、事業規模が小さくなるほどその割合は大きくなっている。先ほどの東京の裁判は従業員4人の零細企業だったが、このことからも喫煙問題へのリスク対応が事業規模を問わず求められていることが分かる。受動喫煙に関する従業員の健康管理は待ったなしの状況であることを認識しなくてはならない。

(2016/12/01更新)