最も取りやすい税

たばこ1箱1000円への道

税金と健康保険の両面から狙い撃ち


 来年4月の消費税増税に伴う「軽減税率制度」の導入が決定的となった。これにより昨年末より代替財源探しが活発化しているが、その筆頭格とされているのが「たばこ税」の引き上げだ。だが、たばこ関連団体に多くの支持基盤を持つ自民党議員の猛反発により、2016年度税制改正には盛り込まれず、次年度以降に持ち越されている。かつての「大人の嗜み」からすっかり悪者となり、「最も取りやすい税」といわれるたばこ税について見ていく。


 消費税の軽減税率の導入を推し進めてきた公明党は、その幅広い税率据え置き対象の代償として、6000億円の代替財源をたばこ税の増税に求めている。健康面からさんざん悪者となったたばこに関連する税は、いまや最も取りやすい税だ。しかも1本当たり1円上げれば1500億〜2000億円が確保できるといわれるだけに、政府としてはこれまで幾度となくたばこ増税によって急場を凌いできた歴史がある。

 

 だが、昨年末に議論された2016年度税制改正大綱には盛り込まれず、次年度以降に持ち越された。今夏に控える参院選を乗り切るためだ。

 

 自民党内には、「禁煙推進議連」や「たばこと健康を考える議連」などに参加して、たばこの健康被害防止やたばこ増税を提唱する重鎮がいる一方で、全国たばこ耕作組合中央会など、たばこ関連団体との太いパイプを持つ議員も多い。すなわち強力な支持基盤だ。その筆頭が前自民党税調会長の野田毅氏で、自由民主党たばこ議員連盟の代表として、中央会や全国たばこ販売協同組合連合会団体の主催するたばこ増税反対集会に毎年出席している。2013年に自民党本部で行われた議連設立総会には、国会会期中にもかかわらず130人もの議員が出席した。現総務大臣の高市早苗氏も名を連ね、現在は副会長を務めている。

 

 なお、民主党内にはたばこ業界とつながりの深い「JT族議員」も相当数いるといわれている。名簿は明らかにされていないものの、党派を超えて応援団が存在するということは、それだけたばこ関連団体の集票力の高さを物語っている。

 

 消費増税とたばこ増税によって消費量が減少すれば、葉タバコ農家や小売店が打撃を受けるのは確かだが、たばこへの世間の風当たりはますます強まる一方だ。

 

 さらに2010年の値上げ時に鳩山由紀夫首相(当時)が「健康目的のために喫煙者を減らす」と発言したことで、喫煙者はもちろん周囲の人への受動喫煙防止が増税の正当性を後押しするようになっている。愛煙家からは「自分の体のこと。余計なお世話だ」といった声も聞こえてくるが、受動喫煙に関しては反論できる余地はない。

 

日本の税率は低くない?

 こうした風潮に厚労省は即座に反応し、今後の課題として「たばこ価格・たばこ税の引き上げによって喫煙率の低下を図ることは重要であり、その実現に向けて引き続き努力する必要がある」とする「受動喫煙防止対策のあり方に関する検討会」の報告書を発表している。さらに2016年度税制改正要望でも「国民の健康の観点からたばこの消費を抑制する」として、たばこ税率の引き上げを声高に求めている。

 

 加えて、06年度の診療報酬改定時には「ニコチン依存症管理料」が健康保険の給付対象とされ、ニコチンパッチと呼ばれる禁煙補助薬などに健康保険の適用を認めるなど、たばこは税と健康保険の両面から堀を埋められつつある。もはや八方塞がりだ。この勢いは止まらず、16年度診療報酬改定に向けて中央社会保険医療協議会では保険適用対象者のさらなる拡大が検討されている。

 

 健康保険の適用は、喫煙が病気であると判断することにほかならない。これにつきJTでは「ニコチンの依存性は弱い。喫煙が病気であるとの判断は困難」と、反論する。さらに、対象者拡大の動きに対し、「十分な効果検証の手順を踏まず合理的な根拠と影響分析がないまま、国民の保険料財源を充当する保険適用対象者を安易に拡大することには反対します」とのコメントを今年1月21日付けで発表している。

 

 さらにJTでは、日本のたばこ税率が先進各国に比べて低すぎるとされる指摘にも反論し、「各国のたばこの価格は税構造や物価などが全く異なる環境下で決められているため、日本のたばこ税率は諸外国と比較して低くはない」との声明を出した。

 

 たしかに、各国の20本入りたばこ1箱の値段は、オーストラリア16・11ドル(1834円)、イギリス12・25ドル(1395円)、フランス8・83ドル(1005円)などとなっており(1米ドル114円で計算)、日本で最も売れている「メビウス」が430円であることをみれば「安い」ということになる。だが、税率や最終価格はJTが異議を唱えるように、単純比較で捉えるものではなく、さらに諸外国の平均が日本国内の税率のベースとなるのもナンセンスだ。税率が「高い」のか「安い」のかは冷静に判断する必要があるだろう。

 

「増税で喫煙者減」はウソ!タバコ代は生涯1000万円?

 東大社会学研究所の14年の調査では、10年の増税の影響を調べたところ、09年から11 年では男性喫煙者の19%、女性喫煙者の23%がたばこをやめるという結果を得た。同時に1日の喫煙本数についても男女ともに10%前後が減煙している。ただし興味深いのは、禁煙したはずの人の3割は、その後の2年間で再び喫煙者に戻っているということだ。減煙についても同様で、一時的に本数を減らしても、2年もせずに元に戻っているのである。「増税によって喫煙者を減らし、国民の健康維持に寄与する」という大義名分はどうやら増税するにあたっての免罪符でしかないようだ。

 

 とはいえ、たばこによる国民の健康被害は疑うべくもなく、国際的にみても喫煙者を守る世相にはない。

 

 世界保健機関(WHO)は今年2月、喫煙シーンのある映画やドラマが若者を喫煙に誘導しているとした報告書を発表した。その中でダグラス・ベッチャー博士は、「たばこ広告が厳しい規制を受けてきた中で、映画は数百万もの若者にたばこを露出させている最後のチャンネルの一つとして、いまだに残っている」と苦言を呈す。またWHOは、2010年に「たばこのない五輪」を目指す協定を国際オリンピック委員会と締結している。こうしたたばこ増税への援護射撃に対し、公明党では東京五輪とたばこ増税をセットにして自民党たばこ議連などとのネゴシエーションを進める動きも見え隠れする。

 

 五輪については、すでに受動喫煙を防止する対策をとらない施設管理者を罰則付きで規制する新法制定が検討されている。内閣官房や厚生労働省、農林水産省、国土交通省などが合同で検討チーム立ち上げ、国際的に遅れている受動喫煙への対策に本腰を入れる構えだ。日本も批准しているたばこ規制枠組み条約では、加盟国は受動喫煙を法律で防止することが求められている。厚労省によると、08年以降、日本を除くすべての五輪開催地や予定地で、受動喫煙に関しては罰則を伴う対策がとられている。日本は03年施行の健康増進法で施設管理者に受動喫煙対策を課しているが、努力義務にとどまっている。たばこ増税を打ち出すにはうってつけの建前といえよう。

 

 このほか、たばこ議連や関連団体では、たばこ税が地方の財源を支える重要な税収であることを強調する。だが、これについては日本学術会議が「脱タバコ社会の実現に向けて」とする要望書で真っ向から反論。たばこで健康状態を悪化させたことによる医療費損失は1兆3千億円(厚労省調べ)、喫煙による労働力の損失は5億8千万円(医療経済研究機構調べ)、さらに火災原因の1割を占めることなどを挙げ、「たばこによる経済的損失がたばこの税収を上回っていることは認識されるべき」として、増税によってたとえ喫煙者がいなくなり、たばこ税収がゼロになっても、国家的にはマイナスにはならないと、バッサリ切り捨てた。

 

 2015年時点での日本の喫煙人口は2084万人。仮に20歳から80歳までたばこを1日1箱ずつ吸い続けると、生涯に費やすたばこ代は1000万円を超えるという試算がある。単純計算だが、2千万もの人が、生涯にたばこだけで650万円もの税金を納めていることになる。愛煙家たちが「高額納税者である喫煙者に表彰状くらいよこせ」と高い税額に憤るのももっともかもしれない。

 

 だが、見てきたように喫煙者を取り巻く状況はかつてないほどに厳しい。前述のメビウスというたばこの名称は、かつての「マイルドセブン」が改名したものだ。海外展開の際、たばこの健康被害に敏感なヨーロッパ諸国ではたばこに「マイルド」や「ライト」といった、健康被害が少ない印象を与える単語を使うことができないという事情があったためだ。1977年から36年間も愛煙家に親しまれてきた名称すら変更せざるを得ないのが現実だ。次年度税制改正では、何があっても不思議ではない。たばこ1箱1000円への道はすでに開かれている。

(2016/04/20更新)