世界一高い税率

ビールの税金をなんとかしてくれ!

商品価格の4割が税金なんて日本だけ


 2016年度の税制改正に盛り込まれることがほぼ確実視されていたビール類の税率統一が今回も先送りされた。ビールが減税になる一方で税率の低い発泡酒などが増税になるため、「庶民イジメ」との印象が今夏の参院選に与える影響を懸念した結果だ。国税当局vsビールメーカーの「20年戦争」の決着は17年度税制改正に持ち越され、そして世界一高い税率は今年も続くことになった。


 酒類は酒税法によって、発泡性酒類、醸造酒類、蒸留酒類、混成酒類に4分類され、さらに12の種類に分けられている。主に「贅沢品」とみられるジャンルほど高税率となり、ブランデーをはじめとする舶来品には高い税率がかけられてきた。

 

 1989年に消費税が導入されると贅沢品への個別間接税が段階的に廃止され、酒税関連でもウイスキーは大幅な減税となった。また92年に日本酒の級別制度が廃止され、清酒も減税が行われた。ところが、すでに酒税の〝稼ぎ頭〞となっていたビールについてはほとんど減税されず、世論の反対の少ないたばこ税とともに税収確保のために高税率が維持された。その後、97年と2014年に消費税率はさらに引き上げられたが、この時もビール類についての減税はなく、実質的に高税率のまま放っておかれた。

 

 しかしビールメーカーもただ黙ってビールの高税率に耐えてきたのではない。業界が大きく揺れたのは1994年にサントリーが発表した「ホップス」だった。酒税法では、麦、米、とうもろこしなどの原料のなかで麦芽を3分の2以上使用したものを「ビール」としているが、ホップスは麦芽の量を抑えて酒税法上のビールに該当しない「発泡酒」として発売したのである。味については、ビール党にはイマイチな反応であったが、それでも低所得者層には大いに受け入れられ、多くが「ビール」から乗り換えるに至った。

 

 だが、これにより酒税収入の維持が危ぶまれるようになると、今度は国税サイドが反撃に出た。国は96年に酒税法を改正し、「麦芽使用率50%以上67%未満」の発泡酒もビールと同税率としたのである。まさに発泡酒への狙い撃ちだった。

 

 この動きにビール業界は大反発したが、法改正されたとなれば従うしかない。そこで、メーカー各社は法の網を技術でくぐり抜けるべく努力を重ね、サントリーは麦芽使用率を25%未満に抑えた「スーパーホップス」を発売。しかしこれに対しても2003年には再び法改正され発泡酒の税率は引き上げられた。

 

 するとサッポロが04年、原材料に麦芽や麦を使わずに、えんどう豆をベースにした「ドラフトワン」を発表。麦芽の分量によって翻弄されてきた業界は、ついにビールでない「ビール風飲料」の開発に成功したのである。その後、キリンが「のどごし生」、アサヒが「アサヒ新生」などを次々と売り出し、これら新ジャンル商品をマスコミは「第三のビール」と呼び、いまやビール類の売上の4割を占めている。

 

ビールの売上を発泡酒が食っている状態

 ビールの税率が商品価格の4割以上を占める国は世界的にも極めて珍しい。主要国の税率をみると、ビール大瓶(633ミリリットル)あたりの税額は日本が139円であるのに対して、イギリス71円、アメリカ12円、フランス10円、ドイツ7円と低額だ(ビール酒造組合調べ)。さらに、醸造酒であるビールに対して、アルコール分1度あたりで、蒸留酒にくらべ高い酒税を課しているのは、主要諸国では日本だけだ。欧米ではおおむね、蒸留酒には高い税率、醸造酒であるビールやワインには低い税率が標準となっている。

 

 また、国税に占める酒税の割合を諸外国と比較すると、日本が2・5%であるのに対して、フランス0・9%、アメリカ0・7%、ドイツ0・6%と、日本が酒税に頼りすぎている状態は一目瞭然だ。

 

 度重なる酒税法の改正と戦いながら、国民の「ビール類離れ」を食い止めるべく、メーカー各社は切磋琢磨を続けてきた。だが、発泡酒や新ジャンルの売上が伸びたとしても、それはビール類全体の消費増にはならず、メーカーごとに微妙な違いはあるものの、各社とも自社のビールの売上を自社の発泡酒が食っていることに変わりはない。

 

 そして、苦しい戦いを続けているのは国も同様だ。どれほど法規制をかけても知恵と技術でメーカーは乗り切り、またそれを規制すべく法改正するというイタチごっこを続けた結果、消費者の指向はビールから発泡酒等に移り、これにより20年前に2兆円あった酒税収は4割も減った。

 

 そこで、メーカーとのイタチごっこにピリオドを打ち、税収を確保すべく、政府は16年税制改正にビール類税の一本化に向けた方策を盛り込む考えを示した。現在、350ミリリットルあたりの税額は、ビール77円、発泡酒47円、その他28円となっているが、これを一律55円程度に統合しようというものだ。本来、現状の3つの税率を平準化すれば50・6円になるはずだが、そのズレに対する説明はまだない。この「新税率」について大手ビールメーカー5社でつくるビール酒造組合は、税負担を大幅に減らすよう要望している。

 

税率統合、ビール党には朗報だが・・・

 この税率統合は、ビール派にとっては朗報だが、ビールに手が出ない低所得者層にとっては大きな痛手になるため、参院選を間近に控えた2016年度税制改正では見送られることとなった。発泡酒派はホッと胸を撫で下ろしたかもしれないが、ビール派にとっては期待が外れたことになる。

 

 また、低価格な発泡酒を大量に揃えることのできない酒店と、広い販売スペースを確保して価格の低い発泡酒を多売できるスーパーマーケットでは、統一延期の受け止め方は異なるだろう。さらにメーカーも、ビール比率が高いアサヒとサッポロは肩透かしを食った形だが、発泡酒に力を入れるキリンやサントリーはまずは一安心というところだ。

 

 ビールの名称が税金によって決められ、その都度の税率によって変わるということで、ビールに対して不必要な差別意識を生んでいるのは確かだ。ビール好きの間では、「たまには本物のビールが飲みたい」と言う人がいるが、本物かどうかを税率によって判断することが正しいのかどうか―。世界のビールをみれば、ドイツのように「ビールは麦芽、ホップ、水、酵母のみを原料とすべし」という、16世紀に出されたビール純粋令を現在まで守り続けている国もある一方で、日本でも人気のベルギーやチェコなどの「ビール」は現在の日本の酒税法では発泡酒に分類されるものが多くある。これらを税率の決まりによって「本物ではない」と位置づけることは本来できないはずだ。

 

 メーカーにしても、法の抜け穴を探して「おいしいビール風飲料」を開発するより、「本当においしいビール」を作るほうが健全だ。2017年税制改正に向けた動きに注目したい。

 

(2016/04/10更新)