繁華街に光る目

国税が狙う〝夜のお仕事〟


 キャバクラ、クラブ、風俗といった〝夜のお仕事〟は、その性質上、動くお金の大きさに比べて顧客や帳簿の管理がうやむやになっていることが多い。そして儲けの多いこれらの業種を国税が見逃すはずもなく、毎年のように不正発見割合の上位に挙げられているのが現状だ。夜の商売への税務調査は特有の困難さもつきまとうが、国税の専門チームは様々な手法を活用して申告漏れや脱税を突き当てていく。夜の繁華街の税金事情を見ていく。


キャバ、クラブ、風俗…

 国税庁が毎年発表する税務調査の実績報告によれば、バーやクラブといった夜の接客業は申告漏れを指摘される定番中の定番となっている。昨年11月に公表された最新の法人税調査実績でも、何らかの不正発見をされた割合が最も高い業種は2年連続で「バー・クラブ」となり、その不正発見割合(62・5%)は2位の「外国料理」(45・3%)を大きく引き離した。

 

 さらに所得税でみても、1人当たりの事業所得の申告漏れ金額が最も多かったのは1位「風俗業」、2位「キャバレー」。こちらも毎年の常連で、夜の稼業のワンツーフィニッシュとなっている。1人当たりの申告漏れの平均額はキャバレーで1667万円、風俗で2083万円というから、〝夜の商売〞でどれだけ大きな金が動いているかがわかる(表)。

 

 そして、お金が動くところには必ず国税の目が光る。当然、キャバクラや風俗業なども国税の重点調査対象となるが、これらの業種には〝昼の仕事〞とは異なる特徴があり、それが税務調査を困難にしている大きな理由となっている。

 

 まず、夜の商売は基本的に不特定多数の相手を客としている。税務調査は一般的に日々の売上の原始記録から申告漏れなどの不正を発見することが多いが、その際には取引相手への反面調査などで記録の真偽を確かめる。しかし客が不特定多数では反面調査になかなか入れず、しかも顧客もなるべく顔を晒したくないというのが夜の商売の共通した特徴だ。

 

 また夜の商売は現金商売であるものの、領収書を発行するというケースがほとんどない。お金のやりとりをごまかしやすい点が、多くのキャバクラや風俗で申告漏れが発生する理由となっているわけだ。

 

 元国税査察官の上田二郎氏が姉妹紙『納税通信』で連載する「実録トクチョウ班」では、最初から税金を納めないつもりで、しっぽをつかまれないように短期間でお店を変えるというデリヘル経営者を取り上げている。こうした故意の脱税が、夜の商売では多く行われている実状がある。

 

従業員から芋づる式に

 多くの悪条件があったとしても、国税当局はささいなきっかけから不正のにおいをかぎつけるプロだ。その国税が不正を発見するきっかけとして多いのが、店の従業員やホステス個人からの「連鎖反応」だという。

 

 税金について知識を持った上で、帳簿のごまかしや故意の無申告を行う店側と異なり、従業員やホステスはさほど税には詳しくないことがほとんどだ。申告に不審な点があれば調査官はそこに突っ込み、調査で得た情報から店本体の不正を疑う。個人の申告漏れが指摘され、そこから連鎖して店の申告漏れもバレるというのが、よくあるパターンの一つだ。

 

 『納税通信』の連載「元国税記者が綴る税金事件帖」で取り上げられた「銀座ママ〝つまみ〞脱税事件」(3495号〜3504号)では、ホステスから源泉徴収した所得税を複数回にわたって私的流用したオーナーの申告漏れがかぎつけられた最初のきっかけは、雇われママへの所得税調査だった。彼女について調べを進めるうちに、所属する店のオーナーの疑わしい税務処理に突き当たり、最終的には数億円に上る脱税案件へとつながっていったわけだ。

 

 そして従業員やホステス絡みでもう一つ多いのが、店内での人間関係トラブルなどに端を発する「タレコミ」だ。過去にあったケースでは、店の待遇に不満を抱いた人気ホステスが店の経営記録を持ち出し、税務署に密告した結果、脱税が発覚したという事例がある。こうしたタレコミをきっかけに税務調査につながるケースは多い。理由はどうであれ、商売をする身内であるホステスやボーイをぞんざいに扱った報いは、回り回って経営者に戻ってくることになる。

 

 不正のにおいをかぎつけた国税当局は、いよいよ本格的な調査に着手する。とはいえ前述したように、夜の商売は性質上、反面調査が難しく、取り引きの全容を解明しづらい。時間をかけすぎると店を畳んで経営者が雲隠れしてしまう可能性も出てくる。そこで、店の経営実態をつかむために行われているのが、調査官自身による「常連通い」だという。

 

 目標となる店を見定めた調査官は、普通の客として店に通いつめる。信頼関係を築くため、同じ女性を指名し続けることも多い。常連客として女性と徐々に打ち解け、雑談のなかで店の内情をそれとなく聞き出していく。こういった情報の引き出し方に関して調査官はプロだ。店に対して不満があれば女性も口が軽くなり、調査官の手練手管にやられて、内部情報を話してしまうことになる。

 

 調査対象が風俗業であれば、さらに踏み込んだ手口が行われる。風俗では一般的に、基本料金と様々なサービスに付随するオプション料金が別になっていて、これを利用してオプション料金のみを売上から除外するという手口がよく使われる。

 

 そのため常連通いをする調査官は、行くたびにオプションの内容を変え、それを記録しておく。そしていざ実地調査に踏み込んだ際に、自分が客として訪れた際のオプション料金が帳簿に計上されているかどうかをチェックし、売上除外を指摘する材料とするのだという。税金での風俗通いも、脱税を見つけるための立派な公務というわけだ。

 

2億円を隠した人気AV女優

 入念かつ迅速に下調べを済ませた国税当局は、対象となる店に一気に踏み込む。その結果、申告是認となることもあるが、国税庁の発表したデータにもあるように、実際には6割以上で何らかの不正が指摘されて数百万円から数千万円の追徴税額を課されることになる。

 

 夜のお仕事が不正を指摘された際の平均的な申告漏れ所得金額は1500万円ほどだが、あくまで平均額であり、人気店、あるいは人気のホステスなどでは億を超えることも少なくない。

 

 前述の「銀座ママ〝つまみ〞脱税事件」で逮捕された女性オーナーは、2度にわる源泉徴収の〝つまみ〞納付によって、なんと約3億8千万円を脱税していた。このように「当たり」を引いた時の金額が大きい事案の多さ、つまり調査官にとっての実入りの良さが、夜の商売が税務調査の狙い所となる理由でもある。

 

 もう一つ、金額の大きさで近年話題になったのは、人気AV女優の里美ゆりあさんが7年間で2億5千万円の所得を隠していたことが指摘されたケースだ。里美さんは年間10数本の作品に出演するかたわら、業者を通して顧客を接待する「コールガール」としての〝仕事〞を行い、それによって得た2億円超の報酬をまるまる申告していなかった。税理士の入れ知恵によるものか、「特定の個人らと結婚を条件に交際したが成就しなかったので、慰謝料として金銭を受け取った」と言い訳したが、認められずに結局重加算税を含めて1億1550万円を課されることとなった。

 

 もっとも彼女はその後、脱税の経緯などをつづった自叙伝を出版して宣伝したというから、なんともたくましいと言わざるを得ない。

 

 キャバクラしかり、風俗しかり、AVしかり、夜の商売が税務調査で狙われるのは、それが儲かる商売であるからに他ならない。逆に言えば、儲かっている商売であれば夜の商売でなくても狙われるということだ。多くの夜の成功者が多額の追徴税額を課されている事実から読み取れるのは、どんな商売であろうとも国税の目から逃げおおせるのは至難の業だということかもしれない。

(2018年5月号)