狙われる弁護士

チンピラ層よりインテリ層が楽


 シリーズ税務調査。今回の業種・職種は弁護士、つまり法律事務所だ。言うまでもなく、国内最高峰の超難関試験を突破した法律のプロフェッショナルであり、いわゆる〝うるさ型〟に属する彼らは、税務調査官にとってもハードルが高そうな印象を受ける。だが、調べてみると調査の現場では弁護士ほど狙いやすい相手はいないというのが通説のようだ。税務署の〝上客〟となってしまう弁護士の特徴を探る。


 「帳簿というものに対する意識の低い人が多いんです。かなりの確率で否認できますから、数字(ノルマ)が足りなくて困ったときは、とりあえず弁護士を当たっていましたよ」

 

 こう語るのは、元国税調査官で現在は都内で会計事務所を開く小田俊之税理士(仮名)だ。小田氏は5年前まで東京国税局管内で税務調査官としてさまざまな業種の実地調査を行ってきた。退官にともなって税理士資格を取得して開業した、いわゆる国税OB税理士だ。小田氏によると、カネがあって、管理がずさんで、使い方が派手な弁護士ほど「税務署にとって上客はいない」とのことである。

 

 税務調査で狙われるのは前年の脱税告発件数が多かった業種で、2015年度でいえば、建設業、不動産業、バー・クラブが〝脱税ビッグスリー〞となっている。これらは「叩けば必ずホコリが出る」と位置づけられ、国税庁や国税局から税務署に対して必ず狙うようオーダーが出ている業種だ。

 

 そして当然ながら、当局が狙うのはビッグ3だけではない。税務調査の王道として効率よく数字を上げるためのキーワードは、「富裕層、現金商売、不特定多数の個人客を持つ業態」と言われるが、これはまさに弁護士という職種にピタリと当てはまる。

 

とにかくずさんな帳簿管理

 もちろん、最近では「ワーキングプア弁護士」なども増え、全ての弁護士が富裕層というわけではないが、それでも「一定規模の事務所を構えていて、掃除がいき届いていればまず外れない」(小田氏)そうだ。

 

 そしてお金持ちゆえか、高級クラブでの支出がケタ違いに多いのも弁護士の特徴だという。

 

 「先生一人に事務員一人の事務所で、月に何十万円も交際費に計上していれば普通に考えても不自然です。しかも、顧問先にご馳走になることはあっても、弁護士が接待することはそう多くはないはずです。そういったところから、お金に関する管理のずさんさが垣間見えます。そうなれば申告書の綻びは自然に浮き上がってきますよ」(小田氏)

 

 なお小田氏の経験上、他の士業者に比べても弁護士はなぜか「銀座のクラブ」が好きな人が多いようで、銀座のクラブの実地調査をすると、顧客には多数の弁護士の名前を見ることができるそうだ。銀座の高級クラブでは常連の多くは企業であり、支払いはツケだが、弁護士はカード(現金)で払うため、店としても上得意なのだという。そこで頻度と金額の目立つ弁護士を狙って乗り込むと、「大抵は釣れた」(否認した)とのことだ。

 

 カネの使い方の荒さから浮き上がる帳簿管理のずさんさについては、数字管理の前に顧客管理ができていないことが多いようだ。依頼者が企業の場合はともかく、個人の相談などでは記録すらつけていないことも多く、支払調書も不要なため、総じてドンブリ勘定が目立つ。

 

 小田氏の経験で多いのは、裁判の着手金を受けた記録はあるものの成功報酬の記録がないというケースだ。何げなく裁判の結果を聞くと、「勝訴しましたよ」と誇らしげに言うので、「では成功報酬分は?」と聞くと「あれっ、どうしたっけかなあ…」と、とぼけるのだという。小田氏は、「まるでウソがバレた子どもがとぼけているようですよ」と笑うが、巧みにグレーゾーンを潜り抜けようとする〝やり手〞の脱税犯と渡り合っている調査官からすれば、弁護士のウソなど子どものゴマカシ程度に見えるのだろう。

 

 意図的な売上除外は本税の4割増しとなる重加算税をくらうことも多い。「つい」とか「うっかり」とかは通用しない相手に小さなゴマカシはしないほうが賢明だ。

 

 では、こうしたずさんな法律事務所には税理士はついていないのかというと、そうでもない。きちんと顧問契約をして、税務申告を依頼していることが多い。弁護士事務所を顧問先に持つ安藤幹夫税理士(仮名)は、過去に弁護士との契約を解除した経験があるという。

 

 「弁護士さんは帳簿がいい加減なことが多いのですが、それよりも問題は売り上げから除外する項目を自分で判断してしまう人がいることです。これくらいは構わないだろうと。当然、調査ではバレますよ。そうなればかばいようはありません。税理士にとって依頼者に内緒にされていたというのは非常にプライドが傷つけられます。残念ながら顧問契約は解消しました」

 

調査官は見抜いている

 税務調査は事前通知から終了まで、税理士との二人三脚で乗り切るものだ。裁判で依頼者が弁護士に隠し事をしていたら勝てる訴訟も勝てないのと同様、税理士との信頼関係を築くことは税務調査対策の必須条件となる。税理士も弁護士もセンセイへの内緒事はご法度だ。

 

 実際の調査にあたっては、理詰めの商売をしている相手だけに、調査官としてはやりにくいことはないのか。元調査官の小田氏によると、「インテリ層はチンピラ層より楽」とのことだ。曰く、チンピラ層は理屈でなくゴリ押しで人生を生きてきたため話がかみ合わず、構築してきた会話が何度も崩されるため面倒なのだという。それに比べてインテリ層は、理屈に対して理屈で返してくるので、「正しい議論」を構築できる。つまり、きちんと反論しているつもりでも、いつの間にか交渉のテーブルに座らされてしまっているというわけだ。

 

 弁護士は訴訟のプロであっても自身の税務調査のプロではない。税務調査のプロである調査官の土俵に乗せられた以上、勝ち目はなく、そして反論しているつもりで構築した自らの証言から、「自然と綻んでいく」(小田氏)という。

 

 さらに、法律のプロだけに「条文をかざすと黙ってしまう」(同)という特徴もあるそうだ。チンピラ層なら「そんな法律、俺は聞いたこともない」と意味もなく開き直ることもあるが、インテリ層の代表格である弁護士は、「法律で決まっている」「通達がある」といった既成事実があると「簡単に認めてしまう」ことが多いという。

 

 また、法律のプロであるがゆえに、税法という極めて特殊な法律についても「分からない」と言えずに、理解できていないときでも認めてしまうことがあるそうだ。弁護士を顧問に持つ安藤税理士は、そうした弁護士のプライドが、税務調査官に有利に働くことがあることがあると感じている。

 

 「調査官の誘導に安易に返事をしてしまい、そこは簡単に認めてほしくなかったな、と思うことはたびたびありました。法律のプロだけに、知らない法律にはとことん純真なんです。本来は国民を縛る法律ではない通達であっても素直に聞いてしまう」(安藤氏)

 

 そのため、近年税務署が納税者に多発する「お尋ね」と称する、税務調査とも行政指導とも判断のつかない文書に対しても、顧問税理士に相談もなく自分で判断して回答してしまうことがあるという。お尋ね文書は「返答があったところから調査に入る」(都内の税理士)という人もいるほど、その内実は闇の中にあり、回答には慎重を期したいところだ。やはり法律全般のプロでも餅は餅屋で、「税法は別格」と割り切って税理士に任せるべきだろう。

 

 このほか、テレビなどで取り上げられるような大きな事件を担当している弁護士は、当局に目を付けられることが多い。損害賠償事件でも名誉棄損裁判でも、当局は事件の概要から大まかな弁護士報酬を割り出している。弁護士会の報酬規程から大きく外れるような額であれば、調査では必ず追及されるだろう。多額になった理由はきちんと説明できるように証拠などは揃えておきたい。

 

 税務調査はいつ来るか分からない。「ウチみたいに小規模事務所には来ないだろう」とか、「一昨年に来たからもう数年は大丈夫」といった根拠のないポジティブな判断は何の意味も持たない。冒頭の小田氏が言っていたように「困ったらちょっと覗いてみるか」といった形でやってくるのが税務調査であり、その中でも「お得意様」とされるのが法律事務所なのである。自然災害と同じく「いつ来ても大丈夫」といえるように普段から心掛けておきたい。

(2017年5月号)