税務署が狙うのは、いま儲かっている層

狙われるワンマン社長


 お金の集まるところ、必ず税務署はその匂いを嗅ぎつける。ここ数年、当局が狙いを定めているキーワードは「富裕層」「消費税」「海外資産」「相続」の4つだが、ここに表れていない普遍的な調査先である「いま儲かっている層」を忘れてはならない。「富裕層」は相続などでは大きな税収が見込めるものの、手っ取り早く確実に数字をあげられる相手は、やはり社会状況によって変わっていく〝時代の勝ち組〟たちのようだ。しっかりと脇を締め、いつかは必ず訪れる税務調査に備えたい。


勝手な会計処理は厳禁

 好景気に日本中が沸いている。好況は昭和40年代のイザナギ景気を超える長期に及び、業況判断指数は大手のみならず中小でも改善。国際収支はリーマンショック以降で最大の黒字を記録し、外国人観光客は過去最高を更新し続けている。一部では「アベノミクスの恩恵なんかない」といった嘆き節もささやかれるが、景気の波に乗った高笑いがそこかしこで上がっているのも事実だ。

 

 そして、その笑いがたとえ小声であっても決して聞き漏らさないのが税務署だ。まるで機関投資家のような嗅覚と組織力で金の動きを敏感に察知する。本シリーズで繰り返し書いているが、税務調査で狙われるのは前年に脱税が多かった業種で、2016年度の査察の告発では1位「建設業」(30件)、2位「不動産業」(10件)、3位「金属製品製造」「商品、株式取引」(共に5件)となっている。

 

 これに加えて、恒常的に狙われるのが「いま儲かっている業態」だ。元国税調査官の松茂広明税理士(仮名、東京・町田市)は現役時代、人気のあるセミナーから注目されている業態をつかみ、ブログやツイッターなどの投稿で狙えそうな対象を絞ってきたという。松茂氏は「急成長した業界は、あっせんや接待でお金が乱暴に流れていることが多く、穴も見つけやすい」と、いま儲かっている層に積極的にアプローチをかけてきたそうだ。

 

 儲かっている業種に狙いを定めるため、税務署は高級クラブでの支出にまで目を光らせているという。「どれだけ付き合いがあっても、毎晩のように接待尽くしでは調査官が疑問に思うのも当然。お金の管理に対する杜撰さが垣間見えれば、そこから自然と綻びが浮き上がる。またツケでなく現金やカードでの支払いが多いため、どうしても目立つ。さらに、領収書の宛名も〝上様〞が多いような相手はたいてい否認できる」(松茂氏)

 

 さらに、支出に使途不明金が目立つ企業も「狙いどころ」とされている。本人は「損金算入されないのだから文句ないだろう」と声高に主張したいところだろうが、「自己否認している金額以上の不明金が存在していると勘繰るのが調査官の仕事」(松茂氏)であり、使途不明金を万能だと思ってはならない。

 

人脈自慢は控え目に

 松茂氏に限らず、国税OBが同様に口にするのが、「時代や景気の波に乗った勝ち組たちは、古くからの富裕層に比べて総じて脇が甘い」という指摘だ。国税OBの田沢光弘税理士(仮名、横浜市)は「急成長した経営者は実績に基づく自分のやり方に自信を持っているため、会計や税務に関しても自分なりの解釈をしてしまう。ネットで都合のよい情報のみを受け入れて、あれもこれも経費にできると、勝手な判断で計上している人も多く、調査官としてはオイシイ相手」と振り返る。

 

 このほか、田沢氏は調査官が狙う際のポイントとして、「ワンマン」「バッジ」「役所」の3点を教えてくれた。中小企業ではどうしても社長はワンマンになりがちで、実際に社長ひとりの経営戦略と人徳によって支えられている会社も多い。だが税務調査に関しては、ワンマン色はなるべく見せずにいたい。

 

 「全てのことを俺が決め、そして会社を成長させてきた」という自負を調査官に見せたところで何のメリットもない。それどころか、「支出についても社長が恣意的に判断できるということは、脱税を試みても誰も止める社員はいないんだな」と、つまらない想像を起こさせるだけだ。

 

続く「バッジ」とは、政治家先生との付き合いの度合いを指す。映画『マルサの女』でも、大きな脱税の背後には必ず政治家の影がちらつくが、政治家や政党との関係が深い企業は、とかく脱税が多いというのが税務調査にあたっての通説だという。儲かっている業界、急成長した企業であれば政界との関係もあるだろうが、わざわざ調査官に告げる必要はない。

 

 「政治家の名前を出すことが税務調査対策になると思っている人もいるが、それはすなわち政治家を使って脱税していると宣言しているようなもの。調査官のやる気の火に油を注ぐだけ」という。つまらない人脈自慢は逆効果でしかないようだ。

 

 そして「役所」とのつながりが深い企業も脱税を怪しまれる対象になるそうだ。官公庁と良好で継続的な関係を構築していくためには、当の役所の担当者以外にも同業他社との密接な付き合いは欠かせない(と調査官は考えている)。そこで使途が明らかになると贈収賄に問われるケースも想定されることから、この支出には申告で除外した売上金などが使われていると考える。そのため、やましいことがないにしても、許認可事業を営む法人、官公庁へ品物を納めている法人、官公庁用品を製造する法人などは、交際費等の支出は相手の名前など全て分かるようにしておきたいところだ。

 

「取りやすいところから効率的に取る」

 いつの時代も、税金は「取りやすいところから効率的に取る」のが世の常だ。佐川宣寿前国税庁長官は今年の年頭訓示で「富裕層や国際的な事案への対応をはじめ、調査・徴収事務に積極的に取り組んでいただく」と全職員に発破を掛け、お金の集まるところへの積極的な攻勢を促している。また、昨年6月に発表された「税務行政の将来像」には「課税・徴収の効率化・高度化を大きな柱として、税務行政のスマート化を目指す」とある。

 

 国税当局はここ数年、小さい規模の調査は7月の人事異動の後すぐに取り組み、秋以降は大型案件に取り組む傾向がみられる。国税通則法の改正で調査の事前通知が義務化されたことで手間がかかり、実地調査件数が大幅に減ったことから、いかに効率よく取るかは国税当局の最重要事項となっている。マイナンバーの普及が思うように進まないなかで、税務行政へのAI(人口知能)の導入で効率化を進め、てっとり早い獲物を探している状態だ。

 

 好況が続く貴金属、シルバービジネス、建設、IT業界などはもちろん、ビットコインに代表される〝仮想通貨成金〞にも目を光らせ、「儲かっているやつ」に狙いを定める。税務調査はいつ来るか分からない。明日かもしれないし5年後かもしれない。だが、確実に言えることは「いつかは必ず来る」ということだ。いざというときに慌てないように、常に万全の構えでいたい。

(2018年4月号)