宝石・貴金属商に照準

金地金、ダイヤモンドなどを狙い撃ち


 なんの前触れも、一切の相談もなく、ましてやこちらから頼んでいるはずもないのに、ある日突然、税務調査はやってくる。法人税に関しては、前年度に脱税等による告発の多かった業種が重点的に調査対象になるといわれているが、これはなかば当局による〝宣戦布告済みの業種〟とも言える。こうした業種は「税務調査がやってくる」と覚悟したうえで、痛くもない腹を探られないためにも万全の準備をしておきたい。このコーナー「シリーズ税務調査」では〝税務調査で狙われる業種〟にフォーカスし、調査の特徴や、いざというときの対策を探っていく。第1回は、好況が続く貴金属業界だ。


 2015年までの2年間に約2億400万円の所得を隠し、法人税約5400万円を脱税した疑いで2月下旬、東京・豊島区の貴金属販売会社とその代表者2人が東京地検特捜部に在宅起訴された。被告らは架空の広告宣伝費を計上するなどの手口で脱税していたという。

 

 法人に対する税務調査は、事業年度ごとに狙うべき「重点調査業種」を国税庁や各国税局がそれぞれ指定し、各税務署はその業種を優先的に調査対象にしている。このリストには、各年で脱税告発件数の多かったワースト業種が当てられ、15年度でいえば建設業、不動産業、クラブ・バーが〝脱税ビッグスリー〞となっている。

 

 もちろん、税務調査はビッグスリー以外にも訪れる。税務当局の姿勢は今も昔も、「取りやすくて、たくさん取れるところから取る」であることに変わりはない。その具体的な判断基準はいくつもあるが、国税OBなどが口を揃えるのが、現金商売、好況業界、そして脱税に利用されやすい業種だ。

 

 そうした点からみると、高級時計やダイヤモンド、各種アクセサリーなどを扱う貴金属業界は狙われやすい業種の筆頭格といって間違いないだろう。テレビドラマなどの影響もあり、世間的にも脱税事件とセットでイメージされやすいが、国税庁が発表する「マルサ」による脱税摘発事例でも、隠し資産が貴金属やアクセサリーに〝化けて〞いることは多い。

 

 すなわち、貴金属業界への税務調査は、当該事業所の課税漏れを探ると同時に、隠し所得を貴金属に替えようする脱税犯を捕捉するための反面調査(相手先調査)としても実施されていることになる。つまり、通常の業界に比べて、調査が行われる確率は2倍であるということだ。反面調査であっても重大なミスに気付けば調査官は確実に突いてくる。決して「昨年来たから大丈夫」とか「ウチみたいな小規模事業所には来ないだろう」などと根拠なく高をくくらないことだ。

 

調査官はココを見ている!

 それでは、税務調査対策として、具体的にどのような点に気を付けていればいいのか。ここでは貴金属業界に対する当局の目線になって考えてみたい。

 

 まず、貴金属業者は扱う品が高価なため、開業時に多額の資金を所有している。すなわち「元から金持ち」という印象は根強い。つまり存在自体が「取りやすい業種」なのだ。金の流れは、開業時の資金繰りにさかのぼって説明ができるようにしておかねばならない。

 

 そして前述のように、資産隠匿の目的で貴金属を購入するひとが利用することも多いため、マネーロンダリングに使われる情報の宝庫という見方も強い。実際にはマネロン法の施行以降、業界では金融庁などへの協力体制をとっているのだが、それでも資金洗浄に利用される状況に変わりはない。

 

 また、そうした意図で貴金属を購入した顧客は匿名で、多くの場合で領収書の宛名は「上様」となる。この「上様伝票」が多ければ多いほど、当局は「調べれば何か出てくる」と勘ぐる。こうした面からも貴金属業はまさに税金逃れの宝庫だ。領収書の宛名や取引記録は、可能な限り本名で残しておきたいところだ。

 

 そして、商品の売上先が同業者なのか一般消費者かはよくチェックされるポイントだ。同業者に販売した商品はエンドユーザーに売ったものよりも概して利益率が低い。そのため、類似の商品でこれが同額もしくは近似額であれば、利益を抜き取ったのではないかと調査官は怪しむ。

 

 同業者同士では物々交換による仕入れも珍しくないが、その際には売買と異なり、記録がおざなりにされやすい。等価交換であっても商品の流れは明確にしておく必要がある。交換した商品の価格が実際とかけ離れていれば必ず追及されるので注意が必要だ。

 

 さらに、調査官は宝石箱等のパッケージにも目を光らせている。同業者同士の取引で、商品と釣り合わないような高級な箱が用いられていたり、または逆に高価な品に傷物の箱が使われていたりすれば、何かがあると思われる。くれぐれも矛盾のないようにしたい。

 

 同業者や顧客からの預かり商品についても計上漏れがないように確認すべきだ。そして逆に、預けてある商品は簿外になりやすいので、商品貸出帳への記載を忘れてはならない。調査官は、自己所有の商品であるにもかかわらず、預かり商品として仮装していないかどうかを最初から疑っている。

 

「守るも攻めるも棚卸」

 このほか、運送保険料や運送料の記録についても、売上の記録としっかり突き合わせなくてはならない。展示会への出品なども期間中の売り上げが明確になるように記載が必要だ。さらに細かいところでは、受託販売では手数料の計上漏れが多く報告されているので気を付けたい。

 

 そして税務調査で調査官が最も目を光らせるのが棚卸資産だ。法人税の調査では「守るも攻めるも棚卸」と言われることがある。これは「守るも攻めるも黒鉄の」で始まる軍艦行進曲の替え歌だが、脱税をする者の多くが棚卸資産の数字を改変しており、一方の調査官は帳簿のミスや課税逃れの尻尾を棚卸資産でつかむことが多いことによる。

 

 棚卸資産は税務調査における主戦場といっていい。しかも一つの商品が高額である貴金属業界では、過不足が出るのは非常に不自然だ。どこを突かれても疑いを抱かせないように、棚卸資産については、棚卸の際の手書きのメモなど、原資記録を残しておくといい。

 

 エクセルできれいにまとめられた表だけ見せて、調査官から「原始記録も見せてください」と言われたときに、「捨てました」と答えれば必ず怪しまれる。メモをナンバリングしておくほか、期末の在庫状況を写真に撮っておくのも有効だ。

 

 続いて、貴金属業者に対する反面調査の状況もみてみる。当局は常に脱税候補者リストを求めている。真っ当な取引をしていたとしても、隠し資産を簡単に高価なモノへ変えることができる貴金属業界は、どうしても当局から注視される。そのため、反面調査と称して商品の売買リストを求めてくる。高級品を購入した客ではなく、商品を売却した者を洗うことで、その者の相続税の調査で重要な資料となる。

 

 2012年からは200万円を超える地金を購入したときには、業者は税務署に「地金等の譲渡の対価の支払調書」を提出することが義務付けられているが、さらに昨年からはこの支払調書にマイナンバーの記載が必要になった。

 

 ここ数年、国外財産調書を利用した税務調査や、一部の国税局に設置されていた「富裕層プロジェクトチーム」の全国展開など、当局による富裕層調査への力の入れ方は凄まじいものがある。金地金に関する支払い調書の提出義務化もその一環で、国税庁では引き続き「積極的に調査等を実施します」と宣言している。

 

 これは富裕層に対する調査担当者が、貴金属業界のプロになることを意味する。担当する調査官は目を皿のようにして宝石年鑑をめくり、貴金属業界に対して獲物を狙うような鋭い視線を投げかけ続けるだろう。いつ調査が訪れても慌てないよう、万全の体勢で構えていたい。

(2017年4月号)