問題だらけの配偶者居住権

税逃れしたい放題!?


 今国会で成立した2019年度税制改正法には、遺産分割の際に配偶者が家に住み続ける権利を得た上で預貯金など他の財産も受け取れる「配偶者居住権」が盛り込まれた。家かその他の財産かの二択を迫られる配偶者の救済を目的とした制度だが、税の専門家からは「租税回避に悪用されるのでは」と指摘する声が相次いでいる。来年4月にスタートする同制度は相続税対策の新定番となるのか、それとも今後、何らかの対策がなされるのだろうか。


 約40年ぶりとなる相続民法の改正法が昨年7月に成立したことを踏まえ、2019年度税制改正では、「配偶者居住権」の税務上の扱いが規定された。

 

 これまでの法律では、遺産分割協議で配偶者が自宅を得るとそれだけで法定相続分を満たしてしまい、預貯金といった他の相続財産を十分に取得できない可能性があった。逆に預貯金を相続すると家を失うことになってしまい、どちらにせよ生活が不安定にならざるを得なかった。

 

 そこで改正民法では、所有権が他者にあっても配偶者が住み続けることができるよう、「所有権」と「居住権」とを切り離し、配偶者はそのうち居住権のみを得れば家に住み続けられるようにした。居住権の評価額は平均余命などを基に算出され、配偶者が高齢であるほど安くなるように設定される仕組みだ。

 

 配偶者が居住権を得ることを選択すれば、他の財産の取り分が実質的に増え、生活の安定につながることになる。今の住居に住み続けるために遺産分割で自宅を得た配偶者が、老後の生活資金を十分に受け取れないというケースを解消するのが制度の狙いとなる。

 

 税制改正法ではこうした枠組みに従い、所有権と居住権に切り離された財産のそれぞれの評価額を、残存耐用年数や配偶者の平均余命などによって按分する計算方法を示した。算出されたそれぞれの評価額に伴い、相続税が課されることになる。居住権は他人に売却することはできず、配偶者が死亡した時点で消滅することも明記された。これらの新制度は、来年4月1日にスタートする。

 

居住権付き物件が投資対象に?

 しかし、この配偶者居住権の税務処理について、税の専門家から制度の不備を指摘する声が挙がっている。

 

 東京税理士会(西村新会長)は4月2日に公表した税制改正意見書で、「租税回避を目的とした配偶者居住権の設定が行われる可能性がある」として、制度の見直しを訴えた。居住権を得た配偶者が死亡した時に、「現行の相続税法の枠組みでは、所有者に対する相続税課税が発生しないと考えられる」ため、居住権を利用した〝税逃れ〞が横行すると警鐘を鳴らしている。

 

 配偶者居住権を利用した税逃れとは、どういうことか。例えば父親が死亡して相続税評価額5千万円の自宅が残されたケースで、所有権3千万円と居住権2千万円に分割して子と母親がそれぞれ相続したとする。将来的に母親も亡くなると、その時点で居住権は消滅するので子には相続税は課されない。父親から相続で得た自宅はそのままだ。結果だけを見ると、子は5千万円の価値のある自宅の2千万円分については何の税負担もなく手に入れることになる。

 

 また改正民法では、配偶者に居住権の売却を禁じているが、放棄は明確には禁じていない。ということは、あらかじめ「居住権の放棄」を織り込んだ上で母親に居住権のみを相続させれば、所有権にかかる相続税を抑えられ、後から放棄して子の手元に所有権のみの家を残すこともできる。父親、母親、子で前もって示し合わせておけば、このような相続税対策も可能となるわけだ。

 

 さらに現行法制で起こり得るもう一つの可能性として、居住権付きの自宅が「投資物件」化することも考えられる。前述したように配偶者居住権は他人に売却することができないが、所有権を持つ子による物件の売却は明確に禁じられていない。

 

 普通に考えれば、居住権を持った配偶者を住まわせ続けなければならない物件など売れるわけがないが、仮に「居住権付きだから」と相場より安い値が付いた場合、購入する側は、将来的に配偶者が死亡して居住権が消滅した後に高値で転売できれば、それなりの利益が見込めることになる。配偶者が何年生き続けるかなど不確定要素は多いが、居住権付き物件が投資対象として注目される可能性はゼロではない。

 

相続税対策の〝定番〟となるか

 このように、配偶者居住権には、制度上の問題点が多く存在している。しかし、こうした制度の不備に対して疑問の声が挙がったのは、今に始まった話ではない。日本税理士会連合会(神津信一会長)は、改正民法の成立を控えた昨年6月末の時点で、税制改正に対する建議書のなかで「当事者が合意すれば容易に設定できることから、租税回避防止の観点も踏まえる必要がある」と配偶者居住権の問題点を指摘していた。

 

 しかしその声は、19年度改正には反映されなかった。先に成立した民法に追随するかたちで税制改正法案は素通りし、税務上の矛盾は少なくとも後回しにされた。民法と税法の取り扱いが異なることは、こと相続に関しては珍しくないが、今回もまた両者のすり合わせを怠った結果、税法に〝グレーゾーン〞が生じているわけだ。

 

 仮に配偶者居住権が現行の仕組みのままスタートしたとすると、納税者がこれらの仕組みを活用して相続税負担を大幅に減らしても、あくまで合法的な「節税」に他ならない。国税当局に否認されるいわれはないし、そもそも民法と税法の食い違いを放置した制度構築の落ち度であり、それを利用した納税者を税逃れと批判するのも、とんだお門違いだろう。

 

 来年4月のスタートまでに税制改正や通達改正で何らかの見直しが加えられる可能性は低くはないが、少なくとも現行法制下では、配偶者居住権の利用は効果的な節税手段だ。相続税対策の新たな定番となる可能性を十分に秘めていると言える。

(2019/05/29更新)