働き方改革法の施行で

懸念される中小企業へのしわ寄せ


 働き方改革関連法が施行され、長時間労働の是正に向けた仕組みが動き出した。残業時間については、中小企業に先立って、大企業に罰則付きの上限規制が導入されている。中小企業は来年4月からのスタートとなるが、悠長に構えてはいられない。大企業の残業規制へのしわ寄せが中小企業に向かうことが危惧されているためだ。消費税の転嫁拒否にみるまでもなく、大手による露骨な下請け叩きや無理強いは改善される気配がない。そんななかで実施された大手の残業規制により、中小零細企業への無茶な発注が増え始めている。


 安倍政権の目玉政策のひとつである「働き方改革」は、同一労働同一賃金と残業時間の短縮を大きな柱に据え、企業に対して従業員の「働かせ方」の改革を迫っている。そして政府は、大企業に対しては残業抑制や非正規労働者の待遇改善に加えて3%の賃上げも要請している。つまり大企業は従業員の残業時間を削減しつつ生産性を上げて3%の賃上げまで実施しなければならないということだ。

 

 いかに大企業であろうとも、この要請をこなすのは楽なことではない。そこで危惧されているのが、下請けである中小企業への無理強いだ。元請けである大企業が残業時間を短縮しながら賃上げをすれば、そのコスト上昇のしわ寄せは下請けに及ぶ可能性が高い。

 

 本来、働き方改革によって大手が残業を減らし、その分だけ純粋に中小企業への発注が増えて売上増になるのであれば、下請けにとってこんなありがたい政策はない。従業員の賃上げ、雇用機会の上昇など、日本経済が好転する契機にもなるだろう。だが、問題はそれほど単純ではないようだ。

 

 すでに法の施行に先駆けて大企業の一部では残業時間の短縮を実施しており、その分の業務を中小に請け負わす例がみられるが、下請けからは売上増による歓声よりも、業務過多による悲鳴のほうが多く聞かれる。

 

中小企業の時間外規制を憂慮

 自動車業界のある下請け企業は「働き方改革の影響で仕事量が増えたのはうれしいが、あまりに急なため人を増やすこともできず、いまは社員に残業してもらって処理している。来年は中小企業にも時間外規制が導入されるが、仕事をこなせるか心配だ」と、今後の対応に憂慮している。

 

 また、「繁忙期と閑散期の差が大きくなった」と嘆くのは、とある印刷会社の社長だ。「ノー残業デーやオフの充実など、大手は気持ちよく仕事の配分をしているようだが、そのぶん一気に仕事を投げてくるようになっている。金曜日の夜にメールで『週明けでいいよ』といったオーダーが増えている。5月の10連休はたいへんだった」と話す。

 

 建設業でも下請けへの丸投げが増えているようだ。ある下請業者は「時短によって遅れた工程を下請けが取り戻す構造になっている。『われわれ(大手)は休むから、下請は責任をもって施工しろ』と言われ、やることが増えている」と嘆く。

 

 こうした状況について都内の社会保険労務士の一人は、「ここ数年、急ぎの仕事や無理なお願いをすることへの発注者側のハードルが低くなっているように感じる。下請けは土日にやらせても徹夜をさせても構わないという意識が以前よりも増している。またあからさまな下請け叩きも常態化している。そうした面の是正もなく、大手先行で残業規制をやったことによるしわ寄せを下請けがもろに受けている状態だろう」と分析する。

 

 実際、中小企業庁が今年2月に公表したアンケートでは、中小企業の6割以上が「納期の短縮」を求められ、7割が「繁忙期が発生している」と回答するなど、発注者である大企業が自社の目標達成のために中小企業への無理強いで対応している状況が明らかになっている。

 

 また、中小企業への適用が来年4月からとされていることについて都内の中小企業診断士は、「1年間の猶予を与えていることは、それまでは大企業のコスト削減のしわ寄せを覚悟しろと言っているように聞こえる」と、元請けからの無理強いによって中小企業の収益が圧迫される可能性が高まることを危惧する。

 

大手のかわりに残業でカバー

 厚生労働省と経済産業省では、繁忙期や短納期の発注が考えられる業界団体に対して、中小企業に負担がかからないよう配慮することを要請しているが、どこまで実効性を発揮するかは未知数だ。

 

 大手企業による「無茶振り」に対し、取材した企業のほとんどが「既存の社員の残業でカバーしている」という状況であった。なかには平然と「ウチは、割増賃金はおろか残業代も出してないからなんとかやれている」と言ってのける経営者もいたが、働き方改革は労働者を守るための法改正ということを忘れずにいたい。

 

 労働者の権利はますます高まり、労務裁判では会社側敗訴の判決が続いている。大手の無茶振りに社員の残業で対応していては、自社の貴重な人材が流出することになりかねない。あらゆる方向にアンテナを張って対応したい。

(2019/05/30更新)