非課税特例が厳格化

教育資金一括贈与


 1500万円までの教育資金の一括贈与を非課税にする特例の要件が、2021年度税制改正で厳格化される。同特例は2年前にも条件が厳しくなったばかりだが、富裕層による税逃れ目的の利用が後を絶たないというのが国の認識のようだ。今年4月以降は贈与後の使い残しに対する課税が大幅に強化されることを踏まえ、特例のうまみを最大限に活用するなら残り約1カ月での〝駆け込み〟も検討したい。


 教育資金贈与の非課税特例は、30歳未満の子や孫への一括贈与について、教育資金であれば受け取る側1人あたり1500万円まで、贈与税を非課税とするものだ。受け取った側が30歳(学校に在籍しているなどの要件を満たせば40歳)になった時点で使い残しがあれば、残額に贈与税が課される。2013年に導入され、今年3月末が期限となっていたが、昨年末に閣議決定された21年度税制改正大綱により2年延長されることが決まった。

 

 子や孫への特定目的での一括贈与を非課税にする特例は、同時期にいくつか新設されたが、そのなかでもこの教育資金贈与の特例は利用件数で群を抜いている。というのも導入当初、同制度は相続税に規定されていた「3年持ち戻しルール」の対象から除外されていたためだ。

 

 相続税の3年持ち戻しルールについて確認しておきたい。そもそも財産を引き継ぐには大きく分けて相続と生前贈与の2種類があり、ケースバイケースではあるものの、概して贈与のほうがトータルでの税負担が少なくなる傾向にある。税負担だけを考えれば計画的に生前贈与を行ったほうが得だが、実際には本人が元気なうちは財産の引き継ぎについて真剣に検討しないこともあり、健康に何らかの問題が生じてから慌てて贈与を実行する人も多い。そうした生前の〝駆け込み贈与〟によって税収が減ることに一定の歯止めをかけるため、相続税法では原則として、「相続発生前3年以内の生前贈与については、相続財産として扱う」という規定が設けられている。

 

 その「3年持ち戻し」のルールが適用されない数少ない例外が、導入当初の教育資金贈与の特例だった。特例を使えば、余命数カ月の段階であっても「子や孫の数×1500万円」だけ財産を非課税で引き継ぐことが可能となるため、資産家の駆け込みの相続税対策に多く使われた経緯がある。

 

 しかし19年度税制改正で、このルールは厳格化されてしまう。受贈者が23歳未満であるか、在学中か教育訓練受講中であるときなどを除き、贈与した側が死亡した時点で一括贈与の残額があると「3年持ち戻し」の対象に含まれるよう見直されることとなったのだ。つまり、余命いくばくもない状態になってから、すでに社会に出ている23歳以上の子や孫に1500万円ずつバラまくといった使い方ができなくなってしまった。相続税対策として活用できる範囲は大きく狭まったといえるだろう。

 

持ち戻しが3年から無期限に

 そして今回の税制改正大綱で、再度のルール厳格化が行われた。今回の見直し点は大きく分けて次の2点。

 

 まず、持ち戻しの対象が3年から無期限に延長された点だ。これまで贈与した側が死亡した時点で教育資金として使っていない残額がある場合には、受贈者が23歳未満か、学校等に在学中か、教育訓練を受講しているかのいずれの条件も満たさなければ、「死亡前3年以内の贈与について相続財産に持ち戻す」というルールが適用されてきた。これが今年4月以降に行われる贈与については、「何年前の贈与であっても相続財産に持ち戻す」ようになる。

 

 前述のように、相続税の原則として3年持ち戻しルールがあるので、今後は教育資金として一括贈与された分については優遇どころか本則よりもはるかに厳しい持ち戻しルールが適用されるということになる。もちろん通常の贈与には贈与税が課されるため、非課税特例と単純に比較できるものではないが、少なくとも贈与後3年間は贈与する側が健在である見通しなら、教育資金贈与の特例を使って財産移転するべきか、それとも他の方法を模索するべきかを慎重に検討する必要が出てきたといえるだろう。

 

 二つ目の見直し点は、孫・ひ孫への相続税の課税強化だ。相続税の原則として、法定相続人ではない孫・ひ孫への相続税は2割加算されるルールがある。しかしこれまでは教育資金として一括贈与しておけば、たとえ3年持ち戻しの対象となって残額に相続税が課されても、2割加算ルールからは除外されるという優遇が設けられていた。4月以降の贈与については、これも原則通り2割加算の対象とするよう見直す。これまでのように、とりあえず孫に教育資金として渡しておけば2割分は得をする、ということがなくなったわけだ。

 

 整理すると、同特例を使って渡した金額が完全に非課税となるケースは、受贈側が30歳(一定要件を満たせば40歳)になるまでに全額を使い切るしかない。この点は以前から変わりがない。ただし、それまでのどこかの時点で贈与側が死亡した場合に使い残しがあれば、今後は受贈者が23歳未満か在学中などの要件を満たさないと、何年前の贈与であっても相続税が課され、さらに孫やひ孫には2割増しの税負担がのしかかるということになる。まとめれば、同特例を使って一括贈与をしたとしても、将来的にどこかのタイミングで相続税が課される可能性が大きく増したのが今回の見直しといえるだろう。

 

 これらの見直しを踏まえると、少なくとも「教育資金として使い切る当てはないが、相続税対策として贈与しておく」という資産移転目的での利用はかなり困難になったと言わざるを得ない。

 

孫の相続税2割増し

 だからといって、なりふり構わず使い切ってしまえばいいということでは、もちろんない。贈与された資金の用途が教育目的に限られるといっても、お金を使う場面に信託銀行の人間が立ち会うわけではなく、銀行は提出された領収書で、その資金が何に使われたかを確認するに過ぎない。つまり目的外の利用をしようと思えば、いかようにも使えてしまう。しかし領収書を出さなければ教育目的とは当然認められないので、贈与税の対象となる。

 

 ここでのポイントは、目的外の利用があったとしても、実際に贈与税の納税義務が発生するのは、子や孫が30歳か40歳になるか、やむを得ない理由などで信託契約が終了した時点ということだ。つまり信託口座を管理する親や、受贈者本人が1500万円で放蕩の限りを尽くしても、その時点では何も言われず、数十年後に突然多額の贈与税が課されてしまう。その時になって口座に1円も残っていなかったとしても、税務署が許してくれるはずはない。良かれと思って実行した贈与によって受贈者本人がのちのち苦しむことのないよう、特例を利用するのならば、贈与後の運用にまで注意を払う必要があるだろう。

 

 覚えておきたいのは、教育資金の贈与はそもそも非課税であるという点だ。国税庁が税について答えるタックスアンサーによれば、「夫婦や親子、兄弟姉妹などの扶養義務者から生活費や教育費に充てるために取得した財産で、通常必要と認められるもの」については、贈与税はかからないとされている。もちろん祖父母から孫への援助も含まれる。贈与税がかからない条件は「必要な都度直接これらに充てる」ことで、1500万円のような一括贈与は本来非課税にならない。だからこそ、特別に非課税特例が設けられているわけだ。

 

 教育のために子や孫を支援するなら、わざわざ信託銀行などを挟んで、領収書を逐一提出するといった縛りを受ける必要は本来ない。それでも一括贈与することの意義は、相続財産をまとめて減らすという一点に尽きる。つまり教育資金特例は、名目としては教育資金を若年層に移転させて教育をサポートするというものだが、その実質はリッチ層が財産を減らす「相続税対策専用」の制度だといえる。

 

 こうした特徴を踏まえると、今年4月以降ルールが厳格化されれば、なおさら同特例を使う意味合いが薄くなっていく。もし同特例を使って複数人の子や孫に資産移転をしておきたいと考えるなら、改正内容が反映される前の駆け込み贈与を検討したほうがいいだろう。

(2021/03/02更新)