遺言書の大切さをコロナで再認識

志村さん、岡江さん 「もしも」は突然に


 タレントの志村けんさんが亡くなったのは、新型コロナウイルスに罹患して発熱や呼吸困難といった症状が出始めてから、わずか10日後のことだったという。遺族は別れを覚悟する時間も十分に与えられず、志村さんにとっても家族へのメッセージを残す時間が足りなかったに違いない。今こそ、誰もが「そのうちに」と思わず、家族に伝えるべきメッセージを一度整理しておきたい。それは新型コロナウイルスに関係なく経営者にとって必要なことでもある。


 タレントの志村けんさんが身体に倦怠感を覚えたのは3月17日のことだったという。その時点では病院にかからなかったが、19日に発熱や呼吸困難の症状に陥ったため、救急車で病院に運ばれた。しかし、その後は意識が戻ることはなく、闘病の甲斐なく29日に息を引き取った。70歳だった。

 

 新型コロナウイルスに感染した全ての人が同様の経過をたどるわけではないが、少なくとも志村さんは体に違和感を覚えてから12日間、肺炎らしき症状を伴ってからはわずか10日間で、この世を去ることとなった。感染力の強さもさることながら、発症から重篤化までのスピードの早さこそが、新型コロナの真の恐ろしさといえよう。

 

 こうした新型コロナの進行の早さが周知されるにつれ、経営者の間では今、「遺言」を見直す動きが増えつつあるという。

 

 「もちろん死ぬつもりなんて毛頭ないけど、何があるかは分からない。万が一の時のために、数年前に作った遺言を見直した」

 

 東京・港区のある中小企業経営者はこう語る。志村さんのように、もしものことがあれば、改めて周囲にメッセージを残す時間がないことも考えられる。その「もしも」が自分にも起きるかもしれないという緊張感が、遺言を見直す、あるいは新たに作成するという動機につながっているようだ。

 

準備不十分だと「争族」に

 そもそも、満足な準備が整わないまま遺言のない相続や事業承継が発生すると、十中八九が「争族」となる。経営者ならば誰もが想像することだろう。次世代への道筋を付けることが経営者にとって最後にして最大の経営判断と言われるゆえんだ。

 

 その時期にかかわらず、相続が発生したときに家族に争いの種を残さないため、経営者は遺言を作り、内容を定期的にチェックする必要がある。そこで、考える時間が多く与えられている今の時期こそが、絶好の機会というわけだ。

 

 実際に遺言を作るとしても、ただ自分の思いを文字としてしたためておけばよいというものではない。書き記した内容がしっかり実行されるためには、遺言に法的拘束力を持たせる必要がある。

 

 遺言の形式には自筆証書、公正証書など複数の種類があるが、そのなかに「危急時遺言」と呼ばれるものがある。数ある遺言のなかでもマイナーで、平時であれば存在を意識することもないが、今のような〝非常事態〞では、注目度が高まっている。

 

 危急時遺言とは、病気やけがで生命の危機に陥ってしまった際に、時間がないなかで遺言を残すやり方を指す。ベッドの横に立って遺言を聞き取るイメージだが、その法的なハードルはなかなか高い。まず家族などの相続に関する利害関係者を除いて3人の証人が立ち会い、遺言を正確に聞き取って書き写した上で、遺言者に読み聞かせて内容を確認するといった手順を踏む必要がある。

 

 その内容の正確性が後から問題になることもあるほか、そもそもすでに意識を失っていると、遺言の作成自体が不可能だ。要件だけを見ればむしろ通常の遺言よりハードルは高く、それしかないという事態になれば利用を検討すべきだが、できれば他の方法で遺言を残しておくのが望ましいだろう。

 

コロナが「遺言」を考える契機に

 遺言を残す方法としてもっとも確実なのは、公正証書遺言だ。役場で公証人の立ち会いのもと遺言を作成するもので、その内容を第三者が保証してくれるため、内容を書き換えられたり遺言を隠されたりすることはない。とはいえ、外出自粛の状況下で、「三密」になりかねない方法はなるべく避けたい。

 

 そうなると、残るのは自筆証書遺言だ。自分で紙に書いて印鑑を押せばよく、財産目録はパソコンなどで作成しても認められる。重要なのは日付を入れること、署名を忘れないこと、きちんと封をして勝手に中身を見られないようにすることだ。他の方法より簡単で、何より自宅に居ながら自分だけで作れる。

 

 もっとも、法的要件を満たしているかどうかのチェックは自分自身に委ねられているため、念には念を入れた確認をしておくことが必要だ。また自筆証書遺言は、家庭裁判所で開封し、内容を確認してもらう「検認」が必要となる。検認前に開封してしまっても効力が失われることはないが、無用のトラブルを避けるためにも、封筒に「勝手に開けないこと」と但し書きをしておいたり、家族にきちんと言い含めたりしておくことも忘れてはならない。

 

 遺言を書くということは、自身の置かれた状況を整理し、資産を棚卸しする作業にほかならない。将来の事業の行く先を見定めることも意味する。新型コロナウイルスの流行にかかわらず必要なことを今のタイミングでやっておけば、コロナ禍が過ぎ去った後の経営にも必ず良い影響をもたらすはずだ。

 

 感染者が日々増えて行くなかで何とも気が塞ぎこみがちになるが、こんな時だからこそ、事業と家族の明るい未来を思い描いて、前向きな気持ちでメッセージを書いてみてはいかがだろうか。

(2020/06/05更新)