〝負動産〟時代を生き抜く

負のスパイラル回避のために


 相続税路線価の全国平均が4年連続で上昇した。これは1992年以降初めてのことで、1990年代初頭のバブル期の水準を超え、なお上昇を続けている。だが都市部を中心に再開発などの建設ラッシュが続く状況でエコノミストからは「すでに住宅の需給バランスは崩れている」という指摘もなされている。人口減少や高齢社会化が進行していくなかで、放置されたまま朽ち果てる空き家や買い手のつかないマンションなど、売っても二束三文の〝負動産〞が増えることも懸念されている。かわいい孫に「じいじ、そんなマンションいらないよ」などと言われないようにしっかりと対策を講じておきたい。


地価下落と人口減少

 日銀によると、金融機関による新規の不動産融資額(2016年)は、統計が確認できる1977年以降で最高の12・3兆円に達した。バブル期の最高額である89年の10・4兆円より約2兆円も多いことになる。

 

 だが不動産投資が過熱する一方で、行き場をなくした〝負動産〞が、すでに日本全国に広がりつつある。総務省が今年4月にまとめた「住宅・土地統計調査」によれば、全国にある空き家は846万戸に上り、この5年間で26万戸増加している。住宅総数は総世帯数を超え、住宅総数に占める空き家の率は13・6%。じつに約8戸に1戸は空き家という計算だ(グラフ)。野村総研はこれが2033年には30%になると推計している。

 

 冒頭で地価が上昇し続けていることに触れたが、これは三大都市圏や各地の中核的な政令指定都市に限った話だ。都道府県別では27県が下落し、都市部との二極化傾向は続いている。地方都市は地価の下落と人口減少が絡み合い、売却を希望する不動産が増えているが、買い手が見つからない現象が起きているという。

 

 人口減少によって地域のインフラは劣化し、産業も衰退してデベロッパーも再開発に消極的になるという悪循環が起こる。こうして、不動産価格が下がっていくという負のスパイラルに陥っていく。すると、当然のことながら相続にも大きな影響を与える。相続税評価額より売値が低くなり、土地の価値に見合わない税負担が必要になるケースもあり得るからだ。

 

 人口減少と空き家の増加。そしてさらに追い打ちをかけるのが、戦後の第一次ベビーブームが起きた時期に生まれた「団塊の世代」が高齢化に直面するという問題だ。団塊の世代が2028年には80歳前後となり、その子ども世代となる団塊ジュニアは50歳前後になる。内閣府の「高齢社会白書」によると、団塊の世代の持ち家率は86・2%と非常に高い。今後数百万世帯の規模で子が親の資産を引き継ぐことになる。団塊世代の実家の相続とともに、団塊ジュニア世代の実家の相続が同時並行的に発生するという「大量相続時代」を迎えることになる。

 

アパート投資で大きな負債も

 全国資産保全支援ネットワーク会長の稲垣俊勝氏(瑞宝興業代表)は「放置して朽ち果てた状態の空き家が増えていくでしょうが、それは言うまでもなく固定資産税という制度に問題があるからです。建物を更地にすると税額が6倍になるからです。制度的に改めないと空き家は増え続ける一方です」と指摘する。

 

 たとえ廃屋であろうと、家屋が建っている敷地は「住宅用地」とみなされ、敷地200㎡以下の住宅用地の課税標準額は更地(固定資産税評価額)の6分の1となるからだ。しかし、不動産を放置したままにすると、相続税に加えて毎年の固定資産税や維持費も重くのしかかってくる。

 

 東京都世田谷区の会社経営者Sさんは3年前、地方都市にある一戸建てを親から相続した。「固定資産税の支払いに追われ、固定資産税のために仕事をしているような感じです」というほど、重い税負担に苦しんでいる。

 

 両親の家が居住地から離れたところにあれば、その管理にまではなかなか手が回らない。建物は放っておけばすぐに劣化し、人に貸すことも売ることもできなくなってしまう。Sさんは「地方に土地があるので、なかなか足を運べないのが悩みになっています。放火などがあったら怖いので、処分しようと考えています。住宅はもう築25年になるので、売却も簡単ではない。解体して更地にすることも考えていますが、固定資産税が大幅に上がってしまうのでどうにも動くことができない状態です」とつらい胸の内を吐露する。

 

 売ることも貸すこともできず、税金や維持管理費などの「赤字」を垂れ流すだけの不動産が今後ますます増えるものと想像できる。不動産には高い資産価値があるという時代は、終わりを迎えつつある。

 

 15年1月の相続税増税によってもてはやされてきたのが賃貸アパートを建設することによる節税手法だ。相続財産として見たとき、何の評価減もできない現金に比べて様々な特例を利用できる不動産は、やり方次第では大きな節税につながる。だからこそ建設会社などは長期の家賃保証をうたい、銀行から融資を受ける手伝いをするなど、さまざまな手を尽くして建設を提案する。

 

 地方都市に住むAさんは4年前、建設業者から「このまま土地をムダにしていると子どもたちが相続税で苦しむことになる」と言われ、総戸数16戸の賃貸アパート建設を決断した。建設会社の営業マンから受けた提案は、土地の所有者が建てたアパートなどを業者が一括で借り上げ、入居者にまた貸しする、いわゆる「サブリース契約」。30年間の家賃を保証するというものだった。

 

 入居者集めや管理は業者が行い、空室に関係なく毎月一定の家賃を支払う。ここでいう家賃とは、現在の家賃の金額を指すのではなく、あくまでも状況に応じた家賃だということが、細かな文字の契約書に記されていた。空室率によっては最低保証額まで引き下げられる可能性があることを、Aさんは後で知ったという。

 

 Aさんは金融機関から融資を受けてアパートを建てたが、家賃減免を求められ売却を決意。「売却額が融資額よりも少なかったことから多額の借金を抱えることになってしまいました。仕方なく他の土地を売って穴埋めするより仕方なかった」と語る。

 

 首都圏のある不動産業者によると、「空室物件が増えており、賃貸住宅市場の需給バランスは崩れている」という。賃貸アパート建設が富裕層に対してひっきりなしに提案されるようになり、アパート建設の需要が伸びた結果、その反動で賃貸物件の空室率が急上昇したという。

 

 不動産業者はアパートを建てれば相続税評価額が下がるとアピールするが、その後のアパート運用のことは考えていないと思っておいた方が身のためだ。相続税対策ばかりに目が行ってしまい、数年先の空室率のことを考慮に入れないと、大きな代償を払うことになりかねない。

 

 アパート建設に節税効果があるのは事実だが、入居率をある程度長期にわたって維持できれば、という条件が付く。賃貸アパートは戸建て住宅と比較すると建設コストが増し、ローンも長期になるケースが多い。アパートの空室率が高いと、想定した賃料収入に満たず、多額のローン債務を抱えるリスクを秘めている。

 

 またローン返済が長期に及び、支払いの負担が大きくなりすぎることもある。後を継いだ子どもたちが資金繰りに追われることがないような資金計画を検討する必要がある。財産としての価値や賃料を分析し、一方で空室リスクをどの程度見込むかなど、損失面も考慮して対策を講じるべきだろう。

 

付加価値でマイナス要素を取り除く

 では、これからの不動産対策にはどのような姿勢で取り組むべきなのだろうか。賃貸オーナー自ら直接入居者の募集ができるウェブサイト「ウチコミ!」を運営する大友健右代表は「不動産業者任せにせず、経営者としての視点で不動産投資を行うべき」と提案する。

 

 「会社を経営するときは他の企業との差別化を図ろうと考えるはず。アパート経営も同じです。自分の不動産に付加価値を付けて他の物件との違いを作り出すことが必要になってくる。業者任せにしてネットに情報を垂れ流すだけでは空室率も上がってしまいます。物件ごとに異なる価値を見出してそれについて情報発信していくべきです」(大友氏)

 

 大友氏が提供する賃貸情報のなかには、見た目には何の変哲のない物件なのだが中庭で野菜が栽培できることをアピールして満室を保ち続けているアパートもあるという。多くの不動産業者が「駅から5分」「南向き」など画一的な情報発信にとどまっているなかで、他の物件にない付加価値をつけることで、相場と比べて高い家賃を得て、収益を上げることが可能だという。

 

 不動産を〝負動産〞にしないためのカギは、ハードよりもソフトの部分にあるのかもしれない。

(2019/08/29更新)