補助金・税優遇を活用

新たな事業分野へ進出


 人口減少やIT社会化などに伴い、時代に合わせた変化が企業にも求められている。新規事業への参入を模索する中小企業が増えているのも、そのあらわれといえるだろう。新たに手がける事業の後押しをする多様な公的制度を活用すれば、立ち上げにかかる会社の負担を減らし、成功の確率を少しでも上げることが可能となる。新規事業への参入を会社成長への起爆剤とするために、使える補助金や税優遇を把握しておきたい。


「副業」が長寿企業を支える

 「これまで3年間、先代から引き継いだ会社を拡大しようと努力してきた。それなりに充実していたが、今の事業だけでは先が見えていることを思い知らされた時間でもあった。長い将来を見据えた時、新たなことにチャレンジしなければ生き残っていけないんだと思った」

 

 こう語るのは栃木県で企業看板のデザイン・製作・設置業を営む30代の男性経営者だ。商工団体の青年会などでも、既存事業の先細りと新規事業への参入がひんぱんに話題に上るといい、その背景には深刻化する地方の人口減少やIT社会化による消費者行動の変化など様々な要因があるようだ。

 

 現状維持では自社の将来が厳しいと考えた結果、男性の会社は既存の業務と並行して、今年から農業に新規参入する方針を決定した。農業を選んだ理由として、「会社のある地域は元から農業の盛んな土地で、ノウハウが積み上がっている。東京などの大消費地に近いという強みもある」と説明し、「十分に勝ち目はあると思っているが、今年一年が勝負の年になるだろう」と意気込んだ。

 

 この男性に限らず、承継を機に新規事業を立ち上げる後継者は多い。そして、若い経営者の挑戦は好結果を残すというデータもある。2016年の「小規模企業白書」では、事業承継を機に何らかの新たな取り組みを行った事業者が約7割で、事業承継する直前3年間と取組実施後3年間の業績傾向をそれぞれ訊ねたところ、承継前に上昇基調だった事業者が23・2%であるのに比べて、取組後に上昇基調になったのは57・5%と、30ポイント以上の顕著な差が出ている。

 

 さらに事業承継に関係なく、第二事業を持つことが企業の長期的な成長に貢献するとの調査結果も見逃せない。帝国データバンクが創業から100年を超えて存続する「長寿企業」を調べたところ、その売上高経常利益率と本業の収益を示す売上高営業利益率との差は平均で1・27ポイントとなり、全企業平均の0・43ポイントとは大きな差があることが明らかとなった。理由として、保有株式や土地・建物などの資産をうまく活用していることも大きいが、第二事業が本業以外での利益を生み出し、本業が低迷した時期の会社を支え、経営の長期的な安定化につながっているのは間違いないだろう。

 

事業承継にも補助金

 もちろん、何でもいいから新しい事業を始めればいいということではない。事前の綿密な市場調査に加え、立ち上げてからも芽が出るまで見守る根気が必要となり、逆に、思うほどの成長が見込めないと判断すれば潔く撤退する勇気も求められることになる。どのみち、新規事業に参入すると決めたなら、成功する確率を1%でも上げるために、打てる手はすべて打つべきだ。その助けとして、新規参入や新たな事業展開をサポートする補助金や税優遇を知っておきたい。

 

 例えば「ものづくり・商業・サービス経営力向上支援補助金」は、新たなサービス開発や試作品の開発、生産体制の改善に必要な設備投資にかかる費用を上限1000万円、投下費用の2分の1まで補助してくれる。生産性向上などの要件を満たせば補助率の上乗せも受けられ、比較的小規模な額で行うサービス展開などの費用を補助するタイプや、複数の中小事業者が連携して生産性向上を図る取り組みを支援する仕組みもある。

 

 政府は事業承継をきっかけとする経営革新を特に推進していて、「事業承継補助金」で新たな取り組みを支援する体制も構築している。昨年公募したこの補助金は、新商品の開発や市場開拓など、後継者による経営革新や事業転換にかかる費用を最大500万円、投下費用の3分の2までを支援するものだ。

 

 さらに業種を絞った公的サポートもある。例えば冒頭に挙げた男性経営者のように進出する先が農業であれば、「次世代人材投資資金」が使える。これは一定の要件を満たす農業研修を受ける人を対象に最大300万円を交付するもので、農業に進出するなら利用したい制度だ。農業に限らず、地場産業を育成するために特定の分野に進出する事業者を支援する自治体は多く、そうした補助金制度などを活用することで、新規事業を始める際のコストを大きく減らすことができるだろう。新規事業への参入にはどうしても開発費や人件費、マーケティング費用などのコストがかかるため、こうした補助金の制度はなるべく活用していきたいところだ。

 

 注意したいのは、条件を満たせば必ず受け取れる雇用関係の助成金などとは異なり、補助金は審査があり、必ず受け取れるわけではない点だろう。また補助金は年度ごとの省庁や自治体の予算内で行われるため、昨年と同じ補助金が今年もある保証はない。また、補助額の引き下げがあり得ること、公募期間が短いものもあり一年中受け付けているとは限らないことなどには留意したい。

 

別会社で相続税対策も

 次に税制面に目を向けてみると、企業の商品開発や研究にかかる費用を法人税額から控除する「研究開発税制」が、最新の税制改正で拡充されている。前年からの研究開発費の増減割合に応じて優遇内容が変動するよう改められ、前年より8%以上の増加があれば、最大で法人税額の35%までを控除することが可能となった。また他の企業と共同で研究開発をする際の税優遇も見直され、控除税額の上限が法人税額の5%から10%に引き上げられている。その他にも、すでにある中小企業向けの設備投資減税や所得拡大促進税制なども活用することで、様々な面から新規事業立ち上げ時の税負担を減免することが可能となる。

 

 新規事業の立ち上げに関する税負担をもっと減らしたいなら、既存事業とは別の会社を立ち上げることも考えられる。資本金1000万円未満の会社を新たに設立すると、一定要件を満たすことで2年間は消費税の免税事業者となることが可能だ。販売価格には消費税分を上乗せしても問題ないので、差額分がまるまる利益となるわけだ。また法人住民税は資本金1000万円を境に税額が変わるため、別会社を立ち上げるのであれば、やはり資本金は1000万円以下に抑えるのが賢いやり方だろう。

 

 加えて別会社の設立には、相続税対策上のメリットもある。現在の会社で役員となっている親族などを新たに設立した会社の役員にすれば、元の会社で退職金を計上することが可能だ。タイミングを調整することで自社株の評価額を下げ、相続税の負担減につなげられるわけだ。もちろん新規事業の立ち上げと相続税対策は目的自体が違うため、どちらかのために元の計画を変えるのは本末転倒だが、両者を組み合わせる方法も考えられるだろう。

 

 人口減がますます深刻化していくなかで、多くの中小企業が〝変化〞を余儀なくされている。しかし変化がマイナスになるかプラスになるかは、経営者の舵取り次第ともいえよう。新規事業参入を支援する補助金や税優遇を利用するための要件は様々で、すべてを利用できるわけではない。しかし、それらをうまく活用すれば、リスクを抱えがちな新事業のスタートを楽に切ることは可能だ。補助金などの公的支援は年度ごとに締切や補助内容が変わるケースも多いことを踏まえ、必ず税理士や社労士など専門家のアドバイスを受けながら、新たな挑戦のタイミングをうかがいたい。

(2019/03/06更新)