【シリーズ「税の行方」】

築地市場移転延期問題

5884億円では終わらない


 もはや延期だけでは済まされない事態に直面している。東京・築地市場の移転先である豊洲新市場の水産市場や青果市場などの主要施設の床下が、汚染対策に必要な「盛り土」が行われず、コンクリートで覆われた空洞であることが隠されていた。しかも水が床下にたまっている構造上の〝欠陥〞の現象も明らかになっている。豊洲新市場建設事業費用は2015年3月時点で、5884億円に膨らんでおり、今こそ立ち止まって冷静な検証が必要だと言える。そしてこれまで都民をだまし続けてきた東京都には、徹底的な説明責任が求められる。


 石原慎太郎元都知事は9月13日放送のBSフジ「プライムニュース」に出演し、豊洲新市場で盛り土対策がされていなかった問題について「これは、僕はだまされた」と述べた。

 

 1999年に東京都知事に初当選した石原氏が、最初に手がけたビッグプロジェクトが築地市場の移転計画だった。老朽化に伴い建て替えか移転かを検討していた築地市場再整備協議会は、同年11月に移転の方針を固めた。意中の移転地は豊洲の東京ガスの製造工場跡地で、その時すでに土壌が汚染されていることが想定されていた。

 

 調査を進めていくと案の定、土壌から環境基準の4万3000倍もの有害物質、ベンゼンが検出された。07年5月、石原知事( 当時)は「専門家会議」(座長・平田健正放送大学和歌山学習センター所長)を設置。会議の最終報告によれば、翌08年7月に敷地全体に盛り土をするよう提言し、その対策費は1300億円に達する可能性があると記されていた。

 

 この提言に都の役人たちは慌てた。床下を空洞のままで建造する設計がすでに進行していたからだ。

行政システムと建物の深刻な〝欠陥〟が発覚

限りなくクロの官製談合

 

 そこで都は08年8月、専門家会議の提言をいかに実現するかを検討する「技術会議」(座長・原島文雄前首都大学東京学長)を発足させた。だがこの会議に主要施設の下を空洞とする設計作業が進められていることは説明しなかったという。

 

 そして11年6月までに建築設計事務所最大手の日建設計が基本設計を作成。11年8月、汚染対策工事の入札が行われた。青果棟のある5街区は鹿島JVが119億円、水産仲卸売場棟の6街区は清水建設JVが334億円、水産卸売場棟の7街区は大成建設JVが89億円で落札。落札率は94%だった。

 

 さらに、汚染対策工事が進んだ14年2月に施設建設の入札が実施され、5街区は鹿島JVが259億円、6街区は清水建設JVが435億円、7街区は大成建設JVが339億円で落札。落札率は99%を超えていた。入札には、それぞれ1つの共同企業体しか参加しておらず、競争原理が働かなかったことが工事費の膨張の要因になっていると言われても仕方ない。落札率は、入札の上限となる予定価格に対する落札額の比率。落札率が高いほど、業者にとっては利益が大きいことにつながる。土壌汚染対策と施設建設を一体で行うことで、行政とゼネコンが結託して床下が空洞であることを隠蔽したということになる。すさまじいほどの官製談合が行われたことは疑う余地もないだろう。

 

 技術会議は14年11月まで計18回開催され、第6回会議の資料には「汚染土壌の処理後、埋め戻しは行わず、この部分の地下空間を利用する」と記されていたが、盛り土を省くことによって有害物質がもたらすリスクについては触れられていない。技術会議は盛り土対策を省略することを目的として設置されたと言われても仕方ないだろう。なぜ、先の専門家会議の提言を骨抜きにしたのか、技術会議の決定プロセスはあきらかにされていない。

 

 結局、技術会議は09年2月、土壌対策費が586億円になると発表(現在858億円に増大)。これを受けて石原都知事は、「世界に誇る最先端技術を最適に組み合わせて大幅に経費を削減できた」と絶賛した。石原氏は今になって「騙された」などとは責任回避もいいところだ。石原氏は08 年5月30日の会見で「コンクリートの箱を埋め込むことで、その上に市場としてのインフラを支える、そのほうがずっと安くて早く終わるんじゃないか。土壌汚染をどう回復するか、そういう発想だけじゃなくてね」とコメントしている。豊洲への移転を決断したことで、莫大な土壌対策費を生み出し、役人に土壌汚染費用の削減を押しつけたのは、誰であろう石原氏だからだ。

このままでは都民の税金が空虚なハコモノに

横浜の欠陥マンションより深刻

 

 盛り土対策をしていない建物はどれほど問題があるのか、建築の専門家に聞いてみた。既存建物の安全検査をしている一級建築士は「現場は水が床下に溜まっています。これは手抜き工事をしたときに現れる現象です。昨年10月に三井不動産などが販売した横浜市都筑区のマンションで、50本のうち8本の杭が強固な地盤に届いていないだけで建て直しが決まりました。豊洲新市場は盛り土対策がされておらず、地下が空洞で水が床にたまっているのですから、食物を扱う施設であることを考えれば、横浜の欠陥マンションより問題は深刻です」と指摘する。都はホームページ上で、汚染した土壌を入れ替えたうえ、すべての敷地で高さ4・5メートルの盛り土にするというウソの説明をしており、長きにわたって都民を騙し続けたことになる。

 

膨張する建設費用

 

 8月31日の会見で小池百合子都知事は、移転延期の理由について「都民ファーストの視点から3つの疑問点が解消されていない」と指摘。具体的には安全性への懸念、巨額かつ不透明な費用の増大、情報公開の不足を挙げた。豊洲市場の建物は既に完成しているが、敷地内では地下水の汚染の有無を確認するモニタリング調査が続けられている。調査結果は来年1月に公表される予定で、小池知事は「モニタリング完了前に豊洲を開場しようとしている」とし、調査完了前の移転に疑問を呈したばかりだった。この時点では小池知事もここまで事態が深刻であるとは思っていなかっただろうが、建物と都の行政システムの欠陥問題を同時に解決しなければならなくなった。

 

 そして無視できないのが、移転に伴う費用が嵩んでいるということだ。豊洲新市場建設事業費は11年度予算が3926億円だったが15年3月時点では5884億円にまで膨らんでいる。1958億円も増えている。なぜ、建設事業費が1・5倍にも増えたのか。東京都が都民にきちんと説明しなければ、移転問題は先に進まないはずだ。

(2016/11/04更新)