相続税対策に使えない

結婚育児贈与の特例

納税者の視線は冷ややか


 2015年からスタートした「結婚・子育て資金の一括贈与の非課税特例」の利用が伸び悩んでいる。880兆円にも上る高齢者の個人資産を子や孫に移転させ、経済的事情から結婚や出産に踏み出せない若年層の背中を押す効果を期待されたが、国の狙いとは裏腹に納税者の視線は冷ややかだ。その理由は、同制度の相続税対策としての実効性にあるようだ。


 結婚育児資金の非課税贈与特例は、2015年度税制改正で創設された。20歳以上50歳未満の子や孫への結婚・出産・育児にかかる資金目的の一括贈与について、受贈者1人あたり最大1千万円(結婚資金は300万円)まで贈与税が非課税となるものだ。

 

 非課税の対象となる用途は結婚式代や出産費用だけでなく、新居への引っ越し代、家賃、不妊治療費など、範囲は広い。贈与資金は金融機関と信託契約を結んだ上で口座に振り込み、非課税特例を適用できるかを金融機関がチェックする仕組みとなっている。

 

 政府は経済的な事情を理由に結婚や出産を断念する若年層が少子化の一因となっているとして、この非課税特例によって若者を後押しする考えだった。また高齢者の持つ「タンス預金」を、消費意欲の旺盛な若年層に移動させることも目的の一つだった。

 

 同制度は15年4月にスタートし、同12月末までに制度を利用した贈与は3353件余り、贈与金額は約83億円となった。異なる制度のため単純に比較はできないが、これに先立つ13年4月に導入された「教育資金の一括贈与の非課税特例」が、類似した制度でありながら開始5カ月で4万162件、贈与金額2607億円に上ったことから考えると、政府にとっては予想外に低調な数字だったと思われる。

 

 教育資金特例の成功に味をしめた政府が〝二の矢〞として結婚育児特例を位置付けていたとすれば、10分の1にすら満たない実績は到底満足いくものではないだろう。

 

贈与したはずが相続財産に加算

 結婚育児特例に2年先立って導入された教育資金特例は、30歳未満の子や孫への教育にかかる資金目的の一括贈与について、受贈者1人あたり1500万円まで贈与税を非課税とするものだ。

 

 開始以来順調に利用件数を伸ばし、3年弱で利用15万件、贈与金額は1兆円を突破している。資金の用途や受贈者の年齢要件などさまざまな違いはあるものの、ここまで両者に大きな差が出た理由は、これらの制度を「相続税対策」として見たときに、結婚育児特例が教育資金特例に及ばない重要なポイントがあるからだ。

 

 両制度はそれぞれ、受け取った側が教育資金なら30歳、結婚育児資金なら50歳になった時点で使い残しがあれば、残額に贈与税が課される。期間だけを見れば、同じ30年間で差はないように思えるかもしれない。

 

 しかし教育資金特例では、贈与した側が贈与後に死亡したとしても、その時点での残額が相続財産に加算されることはない。また通常の贈与では死亡前3年以内の贈与はなかったものとして相続財産に含まれるところを、特例を利用すれば3年以内に相続が発生しても課税対象からは除外されることとなっている。

 

 受贈者1人につき1500万円まで贈与できるため、孫が5人いるとすれば、余命わずかな時点で贈与しても7500万円の相続財産を一気に減らすことができるわけだ。非課税の対象となる用途は学費以外にも外国留学の渡航費、学習塾の費用、ピアノや水泳教室などの月謝、定期券代などさまざまなものが含まれており、贈与してしまってからどう使い切るかをゆっくり考える時間がある。

 

 一方、結婚・育児特例では、受贈者が50歳になるまでに贈与者が死亡すると、その時点での残額が相続財産に加算され、相続税の対象となってしまうのだ。5人の孫に計5千万円を贈与しても、贈与者が死亡した時点で500万円しか使用していなければ、残りの4500万円は相続財産に加算されることになる。

 

教育資金特例との違いに注意!

 資金の用途が結婚、出産、育児という人生の各段階でのライフイベントに限定されている以上、贈与されてすぐに全額を使い切ることは難しく、祖父母から孫への贈与では多くのケースで使い残しに相続税が課されることになるだろう。

 

 導入の目的も制度の概要も似通った2つの贈与税の非課税制度だが、「相続税対策」という観点から見たとき、その実効性には大きな違いがある。この差が両者の利用件数の差になって、そのまま表れていると言える。

 

 そもそも、将来にわたってかかる出費がある程度想定しやすい教育費に比べて、結婚や出産は個人のライフスタイルによって大きく異なり、いつどのタイミングでどれだけの出費がかかるかを予想しづらい。また贈与をすることで、「結婚をして子どもを作ってほしい」というプレッシャーを子や孫に与えかねないという懸念も同制度の問題点だ。

 

 制度2年目となる16年度税制改正では、これまで対象となっていなかった不妊治療のために薬局へ支払う医薬品代や、母親の産後健診の費用が特例の対象に追加されるなど一定の拡充がなされた。しかし「相続税対策に使えない」という点が解消されないかぎり、大幅な利用増は望むべくもないだろう。

(2016/08/10更新)