海外口座を当局が完全捕捉

100カ国・地域で筒抜けに

各国間での情報交換制度スタート


 国外に作った預金口座について、各国の税務当局が情報を交換する「CRS(共通報告基準)」制度が、いよいよ日本でもスタートした。情報交換に応じる国・地域は、これまで資産の〝避難先〞として支持されてきたスイスやシンガポールを含め100を超え、国外資産が国税当局に完全捕捉される状況がとうとう整ったと言えるだろう。だが、そうした状況のなか、リッチ層が〝新天地〞を求める動きも起きつつあるようだ。


 「CRS(コモン・レポーティング・スタンダード):共通報告基準」とはOECD(経済協力開発機構)が策定したルールで、基準を適用する国同士が、それぞれの国の金融機関に開設された相手国居住者の口座情報を、年に一回、自動的に交換するという仕組みだ。

 

 例えば日本とフランスであれば、日本の銀行にフランス居住者が作った口座の情報を日本がフランスの税務当局に送り、逆に日本居住者がフランスの金融機関に開設した口座の情報がフランスから送られてくることになる。これが加盟したすべての国の間で行われる。

 

 金融取引のグローバル化などによって海外に資産を作る人が多くなり、それらの情報を税務当局が国境を越えて把握することが困難であることを踏まえ、複数の国が協調して当たることで納税者の所得を正確に捕捉しようという狙いのもと、CRSは導入された。

 

 CRS自体は2017年度に運用を開始したが、日本は開始と同時に情報交換を行った約50の国・地域には含まれず、今年9月末までに初回の交換を行う、いわば第二陣となる。同じ第二陣にはシンガポールやスイスなど、リッチ層にとってはなじみ深い〝金庫番国〞も名を連ね、トータルでCRSに参加する国・地域は100を超える。9月末をもって、いよいよCRSの網が世界中を覆うことになったわけだ。

 

中国から300兆円が他国へ流出か

 二国間の情報交換制度としては、今までも必要に応じて税務当局が相手国に情報を請求して取り寄せるというやり取りが行われてきた。しかし情報の交換には時間も手間もかかり、結果として国外資産に対する税務調査が満足に行えないという状況があった。しかしCRSが導入されたことにより、今後はいちいち個別請求せずとも定期的に最新の情報が送られてくるようになる。

 

 それだけでなく他国から送られてきた情報によって、これまで気付いていなかった資産秘匿や所得隠しを発見するケースも多く生まれるだろう。納税者にとっては、自分の資産が世界のどこにあっても国税当局に捕捉されるようになる。

 

 もっとも、大前提として納税義務があるのなら税金は納めなければならず、そこにCRSの導入は本来関係ない。ただし世界のどこにでも後ろめたい財産を持つリッチ層はいるようで、そうした層にとってはCRSの導入は対応必至の〝大問題〞のようだ。

 

 例えば世界で二番目に多い数の億万長者を抱える中国では、資産の保管場所として人気だった香港がCRS加盟を決定して以降、約300兆円の資産が他国に流出したとの報道もある。タックスヘイブン(租税回避地)として人気の高いバージン諸島、ケイマン諸島、パナマ、シンガポールなども軒並みCRSに加盟し、リッチ層の財産に対する各国の税務当局による捜査網は徐々に強化されつつあると言えるだろう。

 

〝新天地〟は以外にも米国

 そんななか、リッチ層にとっての〝新天地〞になる可能性を秘めているのが、現在までにCRSへ加盟していない台湾、タイ、フィリピンなど。加えて、米国に熱い視線が注がれている。

 

 米国がCRSに加盟しない理由は単純で、すでに自国独自の国外資産対策を敷いているからに他ならない。米国は他国に先駆けて2010年に「外国口座税務コンプライアンス法(FATCA)」を制定し、国外に銀行口座を持つ米国居住者の情報を入手する制度をスタートさせた。

 

 同法では、各国の金融機関に対して米国居住者の口座情報を提供するよう呼び掛け、さらに応じない国に対しては米国法人からの配当や利息、米国資産の売却に30%の税金を課すというペナルティーまで付けている。同法が効果を発揮している以上、改めてCRSに参加する意義を感じないというのが米国の姿勢だ。

 

 しかしCRSが加盟国間の情報交換であるのに対し、FATCAはあくまで米国が自国納税者の情報を各国から集めるだけにとどまる。言い換えれば、米国に資産を持つ他国人の情報を提供するわけではないということだ。自国を優先させる保護主義の一環とも取れるこの制度によって、日本を含む他国の納税者は、米国に資産を移せば少なくともCRSの網をくぐり抜けることが可能となる。

 

 実際に、タックスヘイブンに関わる情報を収集分析するタックス・ジャスティス・ネットワークによれば、米国がCRS非加盟を表明した16年以降、非居住者を対象とした米国内の金融サービスの利用者が急増し、シェアは英国やルクセンブルクをしのぐ世界一の22・3%に伸びたという。国外資産の〝新天地〞として、世界中のリッチ層が米国に注目していることは確かなようだ。

 

 CRSだけでなく、国外転出時課税制度の導入、国外財産調書や国外送金等調書の義務化、海外に移住した人の相続税免除までの期間延長など、近年では資産フライトへの監視が強まり続けている。だが、国境を越えた課税・徴収への取り組みには国同士の連帯が必須で、米国のような独自路線を貫く国がある以上、まだまだリッチ層と税務当局の〝追いかけっこ〞は続きそうだ。

(2018/11/06更新)