押し寄せる「DX」の波

税制への影響は


 社会基盤のデジタル化、いわゆる「DX(デジタルトランスフォーメーション)」を推し進める菅首相の号令のもと、税制にもDXの波が押し寄せている。来年度改正に向けた議論では、DXへの取り組みを進める法人への税優遇がメインテーマとなりそうだ。来年創設されるデジタル庁はかつてない権限を持って一気に社会のデジタル化を進めるとみられ、事業者としても他人事ではいられない。DXはどのような影響を及ぼすのか。どのように対応していくべきかを探った。


 最近になって「DX」という言葉をよく耳にするようになった。DXとは「デジタルトランスフォーメーション」の略で、情報技術の発展による社会の変革や、それに対応するための事業者の取り組みを指す。言葉の発祥は、2004年にスウェーデンの大学教授が提唱した「ITの浸透が人々の生活をよりよい方向に進化させる」という概念だ。それが日本で広まったのは、経済産業省が18年に「DX推進ガイドライン」を公表したことがきっかけだといわれている。

 

 このガイドラインでは、今後の日本企業が目指す姿として、データとデジタル技術を活用して製品やサービス、ビジネスモデルを変革し、同時に業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土までを変化させることを訴えている。実現すれば国際競争上の優位性を確立して年間130兆円のGDPの押し上げが期待できるとした一方で、逆にDXに乗り出さなければ数年以内に既存システムの老朽化や旧システムに熟知した人材の引退、市場の変化への乗り遅れなどが一斉に訪れると警鐘を鳴らした。

 

 これまでもインターネットの発展などに伴い、社会基盤や経済システムのデジタル化は何度となく取り上げられてきた。かつては情報ネットワークが社会の根幹をなすとした「ユビキタス」という言葉が流行したこともあるし、今でも使われている単語としては「ICT(情報通信技術)社会」というものもある。

 

 しかし近年になって、社会基盤と経済のデジタル化の必要性は、その〝緊急度〟を増しつつある。前述した経産省のガイドラインでは、2025年を一つのデッドラインとして、DXへの取り組みが間に合わなければ年間12兆円の社会的損失が生まれるとしている。ガイドラインではこれを「2025年の崖」と名付け、対応できない企業などは文字通り崖から落ちるように競争力を失い脱落していくと警告した。

 

 差し迫る〝崖〟に警戒感を強めるかのように、デジタル化に対する国の姿勢も変わりつつある。政府が年に一度策定する経済財政の運営指針、いわゆる「骨太の方針」の16年版には、「デジタル」という言葉は一度も出てこなかった。それが17年に3回登場したのを皮切りに、18年には9回、19年には53回と増え、今年の20年版では105回に急増した。デジタル化に対する政府の問題意識が透けて見えるようだ。

 

デジタル庁は「とてつもない権限」

 そしてここにきて、新たに誕生した菅義偉政権がDXを政策の柱に掲げた。新たな省庁としてデジタル庁を新設することも決定し、日本社会のデジタル化は今後一気に進んでいくものと予想される。

 

 「縦割り行政の打破、規制改革は、とてつもない権限をデジタル庁に持たせないとできない。予算やシステム設計の権限は、ぜんぶ他の省庁からいただく必要がある」

 

 10月21日に都内で開催されたAI(人工知能)関連のイベントで、平井卓也デジタル改革・IT担当大臣はこう語った。それぞれの役所が別々のデジタルサービスを提供している現状を変えるには、かつてない横断的な権限が必要であるという考えだ。平井氏が「デジタル政策が『一丁目一番地』になったのは日本でこれが初めて」と意気込んだように、今後の菅政権のすべての政策は、DXを軸に作られていくことになるだろう。

 

 実際に来年のデジタル庁始動を待つまでもなく、様々な面ですでにDXの波は押し寄せている。その代表的なものが、税制だ。

 

 10月20日、自民党税制調査会は21年度改正に向けた初の非公式幹部会を開催した。そこではコロナ禍でダメージを受けた企業や家計への支援と並び、DX実現に向けた税制面での支援策が焦点となった。具体策は挙がっていないものの、「企業や組織全体に対してDXの最適化に向かうよう税制に反映していく」(甘利明・自民党税調会長)という認識は共通していて、そこにはDXへの取り組みを行った企業への税優遇が念頭にあるとみられる。

 

 世間の話題となっている「脱はんこ」についても、21年度分の年末調整や確定申告から不要にする方向で検討を進めていくとした。また菅政権下で決定したものではないが、今年の年末調整からはデータをデジタルでやり取りする電子化がすでに始まっている。

 

インセンティブからペナルティーへ

 企業経営者にとって特に関心が高いのは、DX投資への税優遇だろう。これまでもIT化への投資を進めた企業に対する法人税の優遇は存在した。しかし従来のこうした優遇措置について甘利党税調会長は、「(政府が目指す)デジタル化を遅らせる」と否定している。個別企業のデジタル化を後押しした結果、それぞれの会社が独自のシステムを構築し、結果的に会社や機関の枠を越えた情報のやり取りを難しくしてしまったという反省があるためだ。

 

 今後のDX税制について甘利氏は、「『つながるDX』に誘導していく」と語り、企業や行政が一致した方向に向かってデジタル化を進めていくことを重視する方針を示している。党税調の会合では個別企業ではなく企業グループや関連会社を含むサプライチェーン全体でシステムを最適化していくことが挙げられたが、政府が目指す最終ゴールは、国内のすべての行政や企業が互換性のある、言ってしまえば同じ規格のシステムで動くことだろう。

 

 とはいえDXには当然コストがかかり、また現在の業務体制を激変させることになるため、企業によってDXに取り組む姿勢はまちまちだ。足並みをそろえて全企業が政府の求めるDXを進められるわけではない。

 

 そこで懸念されるのが、企業のDXへの取り組みに対して税制で「アメとムチ」を使い分ける可能性だ。最近の税制改正の特徴の一つとして、新たな制度に対応する納税者にインセンティブを設ける一方で、従わない納税者にペナルティーを与える傾向がみられる。一定の財産を持つ富裕層に提出を義務付ける「財産債務調書」がその代表的な例で、提出のあった財産に申告漏れがあった場合には加算税を軽減し、逆に提出のなかった財産については上乗せで追徴課税を行う仕組みとなっている。

 

 よりDXに関連するものとして、青色申告特別控除の電子化も挙げられる。従来は一律で65万円が控除上限であったが、20年からは原則55万円に引き下げられ、その上で「電子申告」をした場合のみ控除額を10万円上乗せする仕組みに改められた。実質的には紙での申告に対する10万円のペナルティーが設けられたわけだ。これと同じことが、DX税制では行われないという保証はない。DX化に対するインセンティブが、非DX化に対するペナルティーに変わる可能性は否定できないだろう。

 

 経産省のガイドラインが示すとおり、日々変化していく社会に対応するためのDXへの取り組みは、事業者にとっても生産性向上などのメリットがあるのは確かだ。政策や税制の行く末を注視しながら、ビジネスにプラスとなる部分からDXに手を付けていくというのが、当面は賢明な選択だろう。

(2020/12/02更新)