役員退職金〝相場〟に異変アリ

納税者と国税が幾度となく対立


 経営者などが退任時に受け取る「役員退職金」は、数ある法人の税務のなかでも納税者と課税当局の対立要因になりやすい。「不相当に高額」とはどれくらいを指すのか、長年の会社への貢献を数字にどう表せばよいのかを巡り、これまでに多くの企業が国税と戦い、そして敗れてきた。しかし近年になり、そうした状況を変える可能性のある判決が出てきつつあるようだ。会社にとっての恩人である役員の退職金をどう算出すればよいのか、そしてどこまで出せるのかを探ってみる。


 東京商工リサーチが発表した調査結果によれば、2017年に最も高額な役員報酬を受け取った上場企業役員は、ソフトバンクグループのニケシュ・アローラ元副社長で、総額103億4600万円だったという。うち88億円ほどは退任に伴う〝退職金〞だった。

 

 アローラ氏のように88億円とまではいかなくても、誰だって退職金はなるべく多くもらいたいものだ。それが長年にわたり会社の舵取り役を務めてきた経営者であればなおさらで、オーナー企業の社長が自分の会社からどれだけ退職金をもらおうが、誰にも文句を言われたくはない。

 

 ところが現実はそうはいかず、中小企業の社長が受け取る役員退職金は、国税に否認されやすい項目の一つとなっている。それどころか、役員退職金が高過ぎるかどうかは、国税が最も注意深く見ているポイントと言ってもいいだろう。

 

 なぜ役員退職金が無制限に認められないかというと、損金として認められる役員退職金に〝天井〞がないと、会社の利益をまるごと退職金に移すという利益処分が可能となってしまうからだ。

 

 過去に役員退職金が否定された判例を見ても、「隠れた利益処分に対処して課税の公平を確保」(平成6年名古屋地裁)や「利益処分である賞与に該当するものとしてこれを損金に算入しない」(昭和56年岐阜地裁)など、過大な役員退職金は利益処分に当たるので認めないという見方がされてきたことが分かる。

 

 また役員退職金は否認されやすいだけでなく、更正処分に納得がいかない納税者と国税が対立しやすいテーマでもある。なぜ役員退職金を巡る対立が起きるのかと言えば、〝正当〞な退職金を算出するための明確な規定が存在しないからだ。

 

税法に明確な規定なし

 役員退職金を巡る税法上の規定は、法人税法34条と施行令70条に置かれている。しかしそこには、「業務に従事した期間、その退職の事情、同種の事業を営む規模の似た他法人の支給額などに照らし、退職給与として相当であると認められる金額を超える」部分については「過大」とするとしか書かれていない。具体的に何円までが妥当で、何円からが過大かは分からない。そのため経営者の貢献をどう評価するかという部分に解釈の余地が大きく、貢献度を最大限に評価したい企業と、高額過ぎる退職金を認めない国税側との間でもめる理由となっている。

 

 明確な規定がないなかで、実務上はどう処理されているのか。多くのケースでは、過去に積み上げられた判例の蓄積から導き出された、ある一つの計算式が用いられている。役員退職金を巡る裁判などでたびたび持ち出される「退職慰労金=最終の役員報酬月額×役員勤務年数×功績倍率」という計算式で、これが退職金の妥当な額を示す一つの基準として国税に用いられ、裁判でも判断の基礎となっている。明文化されてはいないものの、この計算式が現状では退職金を算出するための唯一のルールと言えるだろう。

 

 しかし仮に計算式を用いるとしても、それでも納税者と課税当局の対立は絶えない。なぜなら計算式のなかにも、解釈の余地を残す部分があるからだ。なかでも特にもめやすいのが、「最終月の役員報酬」と「功績倍率」の2点となっている。

 

 「最終月の役員報酬」は、企業の判断によってどうにでも調整できるため、国税が注視するポイントの一つだ。最終月だけ報酬が跳ね上がっていれば当然問題視されるし、そうでなくても月々の役員報酬と併せて過大と認定されてしまうこともある。実際には、金額の妥当性は前述の施行令にある「同種の事業の営む類似法人」などから判断されることが多いようだ。

 

「残波裁判」で納税者勝訴

 この最終月の役員報酬を類似法人と比較することについては、興味深い判決が出ている。人気の泡盛「残波(ざんぱ)」で知られる比嘉酒造(沖縄・読谷村)が、役員への退職金や役員報酬が「高額すぎる」として否認された処分の取り消しを求めたもので、「残波裁判」とも呼ばれて世間の注目を集めた。

 

 比嘉酒造が創業者に支払った退職慰労金は6億7千万円で、月々の役員報酬も含めた総額は沖縄県と熊本国税局管内の4県(熊本、大分、宮崎、鹿児島)で同程度の売上規模(0・5〜2倍)の酒造メーカー30社に比べて平均値の10倍近くに上ったという。

 

 この退職金を算出する際には前述の計算式が用いられたが、比嘉酒造は最終月の役員報酬について「同業他社の役員給与のうち最高額」を適用していた。対する国税側は、「近隣の同業他社の役員給与の平均額」を用いるべきと主張した。

 

 法廷で比嘉酒造は、「同業者は全国にあり、近隣メーカーだけの平均値と比較することに意味はない。近隣だけとの比較は、『残波』を全国的にヒットさせた創業者の努力を評価していない」と主張した。そして2016年4月に大阪地裁は、類似法人と比較する手法自体の有効性は認めつつも絶対ではないとして、6億7千万円の退職金の全額を妥当と認める判決を下している。

 

 同じ裁判で争われた月々の役員報酬については今年1月に出た最高裁判決まで持ち込まれて国税側が勝訴したが、退職金については高裁でも争われず、実質的には地裁判決で勝負がついた形だ。

 

 国税側が〝相場〞の数倍に及ぶ役員報酬を受け入れたわけで、最終月の役員報酬が相場からかけ離れていたとしても、経営者の貢献次第では認められるという可能性を本判決は示したことになる。

 

 ただし、この判決をもって「最終月の報酬は類似法人の最高額までなら問題ない」と考えるのは極めて危険だろう。

 

 計算式が税法などで明文化されていないのは前述のとおりで、金額が妥当かどうかは、あくまで最終的には個々の状況に応じて判断されることに変わりはない。さらに大前提として、様々な企業の財務データを持つ国税とは異なり、納税者は類似他社の報酬の詳細を知ることは難しい。

 

 基準となるべき指標すら分からないのは非常に厳しい話だが、あくまで納税者側は推定に基づく「計算式」を退職金の物差しにせざるを得ないのが現状となっている。

(2018/08/01更新)