国税が自社株相続にNO!

再計算で株価3倍に


 教育関連書籍などを手掛ける中央出版(名古屋市名東区)の創業者の相続に絡み、遺族が約130億円の申告漏れを名古屋国税局に指摘されたことが分かった。相続した自社株の評価額が不当に低いと認定された。自社株評価を下げることは相続税対策の重要なテーマの一つだが、中小企業の自社株には客観的な市場価格がないことから、その評価額は国税との間で争いになりやすいポイントでもある。是認と否認の境界線はどこにあるのか、事例を基に探ってみる。


 名古屋国税局に約130億円の申告漏れを指摘されたのは、教育系出版社「中央出版」の創業者の長男である前田和一氏だ。2014年に創業者の前田亨氏が死去したことに伴い、和一氏は中央出版の親会社に当たる持株会社「中央出版ホールディングス」の非上場株式などを相続した。その際に同社の非上場株式について、業種や事業の内容が似ている上場企業の株価を利用する「類似業種比準方式」を用いて、1株18円と評価して申告した。

 

 しかし税務調査に入った名古屋国税局は、過去の自社株の取引価格などを基に、「通達どおりに評価すると極端に低額となり不適当である」と判断したという。その上で申告内容の約3倍に当たる1株55円が正当な価額であるとして、差額の約130億円の申告漏れを指摘した。

 

 その後、和一氏が処分を不服として再調査請求を行ったところ、1株当たりの評価額は45円まで下がり、約30億円分の申告漏れは取り消された。それでも申告漏れ100億円、追徴税額60億円ほどが残ったため、和一氏は処分の全部無効を求めて、国税不服審判所に審査請求している。

 

 和一氏が自社株の評価計算に使った類似業種比準方式は、国税当局が定めた相続財産の計算ルールである「財産評価基本通達」に基づくものだ。つまり和一氏は、国税のルール通りに計算をしたにもかかわらず、国税に計算結果を否認されたことになる。その理由はなぜか。

 

 今回、和一氏の税務処理に適用されたのは、財産評価基本通達の「総則6項」である可能性が高い。同項は、通達によって評価することが「著しく不適当」と認定できるケースに限り、「国税庁長官の指示を受けて評価する」と規定している。評価ルール全体における例外規定とも呼べる内容で、この項目を適用すれば最終的には国税側の〝言い値〞が適用されることになる。「総則6項は伝家の宝刀」と言われるゆえんだ。

 

 そもそも、非上場の自社株については評価額を計算するやり方が3つある。①会社の資産総額や負債総額などを基に算出する「純資産価額方式」、②同業の上場企業の市場価格などを参考に算出する「類似業種比準方式」、③会社が出す配当金の額を基に算出する「配当還元方式」――の3つで、会社の規模や従業員数、設立間もない会社か、特定の条件を満たす土地保有会社かどうかといった様々な要素によって、どの方式で計算するかが変わる。規模にもよるが中小企業では「純資産価額方式」か、「純資産価額方式」と「類似業種比準方式」の併用のどちらかの選択になることが多いようだ。

 

 今回の中央出版はおそらく、純資産価額方式か類似業種比準方式かを選べる立場にあり、そこで後者を選んだが総則6項によって否認されたと思われる。中央出版のように任意で選択した計算方式を否認された事例は過去にも多く、例えば2014年には住宅建材大手のトステムが創業者の相続を巡り、資産を不動産管理会社の自社株に変えて約220億円分を類似業種比準方式で申告したところ、否認されて60億円の追徴課税を食らった。また精密機械メーカーのキーエンスは、16年に自社株を社債に転換するなどして評価額を低く抑えて相続税の申告をしたが、これも国税に否認されている。おそらく両者とも総則6項を適用されたとみられる。

 

伝家の宝刀「総則6項」

 このように自社株の計算方式の選択ミスは、国税に否認されて多額の追徴課税を受けるリスクがある。それでも中央出版のように際どい〝境界線〞を攻める納税者が後を絶たないのは、それだけ節税効果が大きいからに他ならない。

 

 3種類の計算方式のうち、一部の例外にしか認められない「配当還元方式」を除くと、一般的なオーナー企業の相続で使われる方法は「純資産価額方式」と「類似業種比準方式」の2つだが、それぞれの評価額には大きな差が出るといわれる。

 

 事実、今回の中央出版のケースでも類似業種比準方式で計算された価額は1株18円で、それに対して国税側の再計算では1株55円と、なんと3倍以上の開きが出ていることになる。否認リスクはあるものの、総則6項をくぐり抜けられた時のリターンは大きい。

 

 では総則6項が適用されるのは、どのような場合なのか。同項の適用要件は4点あり、①その財産について通達に定めがあること、②その定めによって評価するのが著しく不適当であること、③国税庁長官の指示があること、④通達以外の合理的な評価方法が存在すること――となっている。

 

 このうち、実質的には②の「通達によって評価するのが著しく不適当か」どうかが適用の可否を分けると言ってよく、その判断基準について、過去の判例では、租税負担の公平性を著しく害することが明らかなどの「特別な事情」が必要と判示している。

 

 どのような事情が「特別」だと判断されるのか、その境界線を明確に定義付けることはできないが、過去の事例からある程度推測することはできるかもしれない。税務大学校の論文によれば、その適用パターンは大きく分けて2つあり、1つは非上場株式でも何らかの理由で客観的な交換価値が明らかとなっていて、それが通達に従って算出した価額と大きくかい離しているケース。そしてもうひとつが課税時期前に租税回避行為が行われているケースだという。

 

 今回の中央出版の相続税申告を巡っては、「過去の同社株の取引価格などから」特別の事情であると判断したとする報道もあり、第1のパターンが適用された可能性はある。結局、総則6項が適用されるかは、どうしてもケースバイケースの個別判断となるため、中央出版が争う姿勢を示しているように、納税者と国税の対立要因となりやすい点は否めないだろう。

 

 留意したいのは、14年のトステム、16年のキーエンス、そして今回の中央出版と、いずれのケースでも持株会社や不動産管理会社に資産を移しての相続税対策が絡んでいる点だ。確かに、本体である事業会社の自社株を持株会社に移転させると、自社株の分散リスクを抑えられる。また設立年数など一定の要件を満たすことで相続税評価額を抑えられるなど数々のメリットも享受できる。しかし持株会社を使った節税スキームは、国税のチェックが特に厳しく、それだけ否認のリスクが高まることも認識しておきたい。

 

 もうひとつ押さえておきたい点がある。中央出版には財産評価基本通達の総則6項が適用された可能性が高いが、別の可能性も否定できないという点だ。それが相続税法64条1項に定められた「同族会社等の行為計算の否認規定」で、同族会社が行った行為や計算によって誰かの相続税や贈与税負担が不当に減少したと認められた時に同規定を適用すると、税務署長の権限で計算をやり直すことができるというものだ。法人税にも同様の行為計算否認規定があるが、あちらは対象が会社であり、こちらの相続税法64条は相続税や贈与税の納付義務を持つ個人を対象としている点に違いがある。

 

 通達に書かれたルールに沿って行われた財産評価を否認して、国税側で計算し直すという点で、相続税法64条と総則6項は共通している。しかし実務では、こと自社株の評価を巡っては、64条が適用された事例は少なく、総則6項で否認されることがほとんどのようだ。ただし相続税対策の不動産売買などを巡っては、64条を適用して否認された事例も複数あり、どちらの規定が適用されるにせよ、税逃れを目的とする財産の取引には否認リスクが伴うということを理解しておくべきだろう。

 

事業承継税制にもリスク

 もちろん、そうは言っても、自社株の評価額を下げることが相続税対策で重要なポイントであることは間違いない。税理士などの専門家と相談の上で、否認されない範囲での自社株対策は積極的にやっておきたいところだ。

 

 例えば自社株の評価額の引き下げを利用した相続税対策といえば、役員退職金の支払いや不動産の含み損を整理することで一時的に大きな損失を計上して、利益を圧縮したタイミングで自社株の贈与を行う方法が考えられる。この方法は今も有効だが、17年度税制改正によって効果が減じていることは把握しておきたい。

 

 類似業種比準方式を使う際に評価額に反映される割合は、それまで「配当1:利益3:純資産1」だったが、改正によって「1:1:1」に縮減され、相続税対策としての効果は減少している。同時に、純資産額の比重が大きくなれば、過去の利益の蓄積が多い会社ほど自社株評価が膨らむため、より慎重な自社株対策が求められる。

 

 また、自社株対策を考える上で外せないのが、18年度税制改正で導入された「事業承継税制」の新特例だ。それまでの同税制では自社株の一部にとどまっていた優遇措置を自社株の全てに拡大し、実質的に自社株の承継にかかる税負担の全てが免除されるようになっている。しかも新特例では最大3人まで後継者を選ぶことができ、現社長以外からの株の引き継ぎについても対象となり、承継後の継続要件も緩和されるなど使い勝手も増している。自社株対策に悩む中小企業にとって新特例はまさに第一の選択肢と言えそうだ。

 

 ただし注意点ももちろんあり、新特例が10年間の時限措置であることを忘れてはいけない。後継者の息子に無税で自社株を引き継げたとしても、次の孫への承継の際に新特例は使えない可能性が高い。特例があるからといって全株式を引き継がせてしまうと、将来的に孫の税負担が多大なものとなる恐れが生じる。

 

 さらに、新特例を適用するには23年までに計画を作成・提出し、27年12月までに贈与を実際に行う必要があるため、後継者がどれだけ若かろうと経験不足であろうと、社長の座を今から確約されることになる。後継者として育成中の若い息子に、そこまでのお墨付きを与えてよいものか、慎重に検討する必要があるだろう。相続税はあくまで、事業承継や相続対策の一要素に過ぎない。

 

 自社株対策は、オーナー企業にとって相続税対策の要ともいえるポイントだ。中小企業の非上場株式は、客観的な市場価値がないこともあって国税との争いになりやすいことを踏まえ、事業承継税制の利用なども含めて、専門家と相談の上でしっかり計画を練っていきたい。

(2019/07/29更新)