乱発されるお尋ね文書

コロナ禍の税務調査


 納税者のカネの流れを把握するために送られてくる「お尋ね文書」が急増している模様だ。コロナの影響でストップしていた税務調査が昨年10月に再開されて以降、税理士からは「乱発されている」という声がそこかしこで上がっており、当局がコロナ禍での効率的な手法として多用しはじめていることが垣間見える。お尋ね文書は行政による問い合わせに過ぎないものの、書面には税務調査に発展する可能性も示唆されていることから、納税者としてはどう回答してよいのか迷うことも多い。お尋ね文書を巡る状況を把握しておきたい。


 お尋ね文書とは、国税当局が「簡易な接触」に分類する調査手法のひとつで、納税者のもとに通知書を送り、回答を得ることで取引内容や資産状況を確認するものだ。相続の開始や資産の売買など基本的にカネの移動があったと判断する場合に納税者へ送付し、寄せられた回答は資産や所得の動きを把握するための材料となる。文書の名称は「資産の買入価額についてのお尋ね」「申告書についてのお尋ね」「相談のご案内」など様々だ。

 

 納税者と接することなく効率よく情報を収集できるため、コロナ禍では感染防止の観点からも重宝されているようだ。事実、コロナの感染拡大前と比べて文書送付1件当たりの追徴税額は増加しており、費用対効果が高い手法として定着しつつある。

 

 コロナ前より増加傾向にある「お尋ね文書」について、都内の税理士は「昨年の秋以降乱発されているようだ。顧問先から立て続けに相談を受けている」と話す。

 

 実際、お尋ね文書を含む「簡易な接触」による効率性は実証済みだ。2019事務年度の相続や贈与に関する「簡易な接触」は8632件を数え、新型コロナの影響で前年度(1万332件)からは大幅に減ったものの、申告漏れ等のミスや不正が発覚した件数は2282件と、前年度の2287件からの微減にとどまっている。簡易な接触1件当たりの追徴税額も48万円で前年度比14%増となっている。

 

 納税者との接触を避ける調査手法は、コロナ禍では合理的な方法だといえるが、納税者サイドとしては、その扱いに困惑することも多い。お尋ね文書をはじめとするこれらの送付物は、税務調査の一環なのか、行政による指導なのか、あるいは単なる質問に過ぎないのかが、極めて分かりにくいためだ。

 

まじめに対応すると負担増?

 厳密にいえば、お尋ね文書はあくまでも行政手続き(行政指導)の位置づけに過ぎず、関連法で「行政手続に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない」と定められていることから、お尋ねに対して回答しないというだけでは必ずしも罰則を受けることはない。

 

 だが納税者の心情とすれば、税務調査を受けていると感じることも多い。一昨年にお尋ね文書を受け取ったという都内の地主Aさんは「絶対に対応しなければならないものという認識で、税理士の協力を得ながら回答したが、後から『真面目に答えなくてもよかったのではないか』ともやもやしました。もしかしたら税務署に告げなくてもよいことまで自主申告させられたかもしれない。NHKの受信料の支払いと同じで、真面目に対応した人だけ負担が増すんじゃないか」と愚痴をこぼす。

 

 確かに、多くのお尋ね文書の下部には「調査ではなく行政指導」と書かれているが、無視してよいものかどうかの判断はつきにくく、さらにその下に「調べた結果、申告が必要になったときは過少(無)申告加算税が課されることがある」などとあるため、予備知識なく受け取った納税者が簡単に無視できるものではない。

 

 とはいえ、これに回答している納税者は多数派というわけではない。2019事務年度の相続税や贈与税に関するお尋ね文書8632件のうち、回答は3115件で全体の36・1%だった。6割以上の納税者は無回答という状況となっている。

 

 増田浩美税理士(東京)は、「相続税の申告が必要な人は二度手間になるので、お尋ねに回答する必要はない。一方、遺産総額が控除額以下で相続税の申告が不要な場合など税務申告をしない人は、税務調査を受けるリスクがあるので回答するべきでしょう」とアドバイスする。

 

 また別の税理士は、申告漏れなどの不備がないと確信しているのであれば回答しないものの、不備があると予測されるものについては「回答してしまう方が得策。加算税がかけられない段階で税務署が親切に送ってきたものなのだから、揉めずに対応しておくべき」と顧問先に伝えているという。

 

実地調査の6倍以上

 ここで気になるのは、無回答の納税者のうち何割程度が調査に移行されたかということだが、国税当局の資産課税担当部署は「数字をとりまとめていない」と回答するのみで、実態を明らかにしていない。

 

 不明瞭な部分が少なくないことから、お尋ね文書に疑念を持つ専門家は多い。例えば日本弁護士連合会は、お尋ね文書は国税の調査に該当する可能性があるものとして、実地調査では必要な事前通知や調査終了時の説明責任をお尋ね文書の送付でも回避してはならないと断じている。

 

 四国税理士会が昨年7月に会員税理士に行ったアンケート調査によると、アフターコロナの税務調査が「大いに変化する」または「多少変化する」と予測した税理士の割合は合計60%で、「変化」の中にはお尋ね文書などの書面照会も含まれているという。

 

 現状でも簡易な接触の件数は、相続税や個人消費税では実地調査とほぼ同数で、所得税に至っては実地調査の6倍以上も実施されている。納税者は、お尋ね文書についての備えも不可欠となっている。

(2021/03/04更新)