マルサの網から逃れる海外取引

脱税額は10年前の4割にまで減少も


 マルサ(国税査察官)の〝成果〞となる脱税総額が、10年間で4割にまで減っていることが分かった。不正行為自体が少なくなっているのであれば良いが、悪質な脱税が巧妙な手口によって水面下に潜んでいるのであれば状況は変わらない。国税当局は隠れた脱税を発見するため、不正が起こりやすい取引や行為に目を光らせており、査察の重点項目として「国際取引」「消費税還付」「無申告」を挙げる。納税者は国際取引や消費税還付に関する典型的な不正事例を確認し、当局から余計な疑念を抱かれないようにしたい。


 マルサが平成29年度に処理した脱税案件の総額は135億円で、統計を取り始めてからの46年間で3番目に低いことが国税庁の発表によって分かった。10年前(平成19年)の350億円と比べると38・2%にまで下がっている。刑事告発の件数でみても、29年度は前年の132件から113件に減り、平成で2番目に低い数字となった。

 

 マルサの査察調査は、通常の税務調査とは性質が根本的に異なる。通常「税務調査」といえば、納税者の同意に基づいて帳簿書類の検査や提出を求める「質問検査権」の行使を指すことが多い。だが査察は、故意に不正な手段を用いて巨額の税を免れる行為に対して、正当な税額を課すだけでなく、刑事上の責任を追及して刑罰を課すことを目的としている。そのため、通常の調査よりも強制的に納税者を調査する。

 

 だが海外の資産や取り引きについては、その強制力が効きにくいようだ。国税OBの松嶋洋税理士(東京都)は「外国が絡む案件は国税当局にとって弱い部分。他国との取り決めで得られる情報だけでは、海外の資産や取り引きの把握は難しい」と指摘する。

 

「零細事業者や低所得者を狙うのは問題」

 海外資産の把握が困難であることが、査察調査の着手に歯止めをかけている実態もある。通常の税務調査は、売上除外や架空経費など損益ベースの不正を発見することが端緒となる。これに対して査察は、裁判所の令状が必要なため、国税当局は脱税の疑いがある者の隠し口座や資産などの不正計算の裏付けを先に把握し、捜査することについて裁判所を納得させるところから始めなければならない。

 

 別の国税OB税理士(大阪府)は「査察を行って何も出てこないとなれば、マルサの面子が丸つぶれとなる。事前に資産の動きをある程度把握しておかなければならないが、海外に銀行の口座があると簡単には捕捉できない。そのため査察の網に掛からない海外口座を持っている人は多いはずだ」と見ている。

 

 国税当局が海外資産を把握するための方法として、他国から納税者の資産情報を提供してもらう仕組みが活用されている。国税庁はこの情報交換制度の活用を増やしていくとしているが、こうした動きについて国税OBの岡田俊明税理士(東京都)は、「大資産家や大企業の一部は海外資産を使ったスキームで査察の目から逃れていると思われる。こうした動きにもっと目を光らせる仕組みを作ることが重要。零細事業者や低所得者を狙うのは問題」と提言する。

 

 海外の資産の動きが把握しにくいとはいえ、マルサは海外案件について毎年一定数の告発を行っており、平成29年度の国際事案の告発は15件だった。一例としては、工業デザインを行う会社が、消費税の不課税取引となる国外の外注先に対する外注工賃を、課税取引となる国内の工賃に仮装して、多額の消費税を免れるとともに消費税の還付を受けた事例がある。国外の外注先との取り引きは国税当局につかまれないと高をくくって不正に手を染めるのは厳禁ということが分かる。

 

告発されれば必ず有罪判決

 マルサに告発されれば必ず有罪判決を受けると考えて良い。平成29年度に一審判決が言い渡された143件の全てが有罪判決で、そのうち実刑判決は8人だった。中でも重い処分を受けたのは名古屋市の宝飾品販売会社の社長と関連会社で、査察事件単独で過去最長の懲役7年半の実刑判決を受けている。

 

 この会社は消費税の輸出免税制度を悪用。消費税は国外との取り引きには原則的に課税されないが、国内の事業者から商品を仕入れる際には消費税分が上乗せされているため、国外取引を行う事業者は仕入れにかかった消費税額を申告することで、その分の還付を受けることができる。同社はグループ会社の在庫商品である高級腕時計を国内と国外で何度も売買したように見せる架空仕入れによる還付で消費税11億円の支払いを免れ、また輸出免税制度を利用して6億8千万円の不正還付を受けたという。

 

 架空の海外取引を計上して消費税の還付を受ける手口は、いわば消費税脱税の定番とも言えるスキームで、最近でも6月7日に大阪の機械製品輸出業者が大阪国税局のマルサから告発されている。不正が後を絶たないため、国際取引と消費税還付のふたつが関係する申告はマルサから疑いの目で見られると考えなければならないようだ。

 

 国税庁は個別の脱税事件について、昨年3月までは守秘義務の観点から情報を公開せず、年に一度、特徴的な手口を公表するにとどめていた。しかし現在は、脱税の予防を目的に、全ての査察事案について、脱税をした法人や個人の名前、居住地、脱税額、手口などを公表している。マルサに悪事を暴かれれば有名人や上場企業でなくてもその事実が世間に知られる。そのうえ査察を受ければ実刑判決が待ち構えている。脱税を甘く見てはいけない。

(2018/07/30更新)