テレワークで増える労使トラブル

良好な関係をコロナが破壊?


 テレワークを取り入れる事業者が急増している。経営者としては、従業員を新型コロナウイルスの感染から守る安全配慮義務に加え、行政からの強い要請により無理をしてでも実施せざるを得ない。不自由な環境でがんばってくれている従業員とともに、なんとしてもこの難局を乗り切りたいが、その一方でテレワークによる労使紛争の発生についても冷静に考えておかなければならない。見切り発車によるトラブルの芽はしっかり摘んでおきたい。


 テレワークについて一般社団法人日本テレワーク協会では、「情報通信技術(ICT)を活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方」と定義し、自宅利用型、顧客先や移動中のモバイルワーク、そしてサテライトオフィスなどの施設利用型の3つに分類している。なお「テレ」とは遠隔を意味する言葉であり、テレワークはテレフォンやテレビジョンと同類ということになる。

 

 テレワークは1980年代にすでに日本国内でも見られるようになったが、一般化したのはWi-Fiが普及した2000年代以降だ。そしていま、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための外出自粛により、テレワーク実施企業は全国で3割近くに上る(4月末日時点)。政府の「オフィス出勤者の最低7割削減」という目標には遠く及ばないが、緊急事態宣言が解除された後も、導入・実施数は徐々に増えていくものと予想されている。

 

 多くの職場で労使がお互いを信頼して難局に立ち向かっているところだが、一方で経営サイドとしてはテレワークが労使トラブルに発展することも予測し、その対策も抜かりなくしておかなければならない。

 

 現在は新型コロナウイルスの感染拡大により一時避難的な対策としてテレワークを採用している事業者が多くを占めるが、本来はきちんと就業規則を変更したうえで実施するほうが先々に起こる可能性のあるトラブルを避けるためにも望ましい。

 

事前に摘んでおきたい紛争の芽

 なにより意識しておかなければならないのはテレワークをしている従業員の労働時間の把握だ。

 

 昨年より順次施行されている働き方改革関連法により事業者の勤怠管理義務が厳格化されている。仮に退職した元従業員から未払いの残業代を請求されたときは、労働時間の提示は事業者側に求められ、それを証明できなければ全て元従業員が示す未払い分が請求されることになる。

 

 そうした中にはタイムカードが偽造されたものであるにもかかわらず、それを証明できない事業者側に支払いを命じた裁判もあった。

 

 いまは労使双方がテレワークに慣れていないなかで、「一時的なこと」としての認識だろうが、コロナ終息が見えない状況下では長期化も視野に労務対策を考える時期になっている。

 

 また、時間外手当の扱いも注意したい点だ。基本的なこととして、テレワークは従業員が好きな時間に働けばいいというものではない。職場での仕事が場所を替えて行われるだけであり、裁量労働制とは異なる。そのため法定労働時間である1日8時間を超えれば時間外手当が発生し、夜10時以降は深夜手当の対象となる。

 

 仮に「1日8時間労働」ということだけを決めていた場合、生活パターンが夜型の社員が夕方5時から仕事を始め、途中1時間の休憩を入れて午前2時まで就業したとすると、1日の労働時間は守られているが、夜10時から2時までの4時間は通常よりも2割5分以上割増しした賃金を支払わなければならない。

 

 これに付随して時間外の電話対応も問題となり得る。テレワーク中の従業員が就業時間外に取引先からの電話に対応すれば、これは時間外労働とみなされて割増賃金の対象となる。柔軟な対応で済ませたいところでもあるが、厳密には事業者が電話を支給して時間外は対応できないように設定するなどの工夫が必要だ。

 

 どこまで厳格にするかは事業者ごとに異なるだろうが、少なくともテレワークを採用するからには、その根拠はルールとしても明確にしておくことがベターなようだ。労使トラブルに詳しい社会保険労務士の本間邦弘氏は「テレワーク規定に定めるという一言でもいいので就業規則に組み込む必要がある。段取りをしっかりしておかないと後で足をすくわれるような結果にもつながる」と指摘する。

 

労使双方が納得できるルールを明確化

 就業規則の変更にあたっては、労働者の過半数で組織する労働組合か、労働者の過半数組合がなければ労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならないことが労基法で定められている。最近はこのルールの厳格化が進んでおり、手続きの虚偽や省略には厳しい対応がなされることになる。仮に全てを白紙にされ、テレワークの根拠がなくなれば、勤怠管理義務違反に加え、たとえ従業員に業務命令違反があったとしても問いただすことすら難しくなる。

 

 労使で争いになれば労働者に有利と思われる判決が出ることも増えている。さらに今年4月より未払い賃金の時効が3年に延長されている。退職後3年間はいつ請求されても問題ない構えでいなくてはならないということだ。

 

 もちろん、多くの従業員はまじめに仕事に取り組んでおり、事業者の手続きミスのあら捜しなどしていない。テレワークによって効率が落ちた分を取り戻そうと業務時間も度外視して働いていることだろう。だが、いまは良好な関係にある労使間であっても、退職後に未払い残業代などを請求してくるケースも考えられる。本間氏によると「コンサルタントや弁護士が知恵をつけることもある」という。

 

 従業員への安全配慮義務と国の要請という点から事業者はコロナ対策から逃れることができない。事業を守るためにも、また従業員を信頼するためにも、労使双方が納得できるルールの明確化が必要だ。

(2020/07/03更新)