コロナが税務署を連れてくる

調査官が狙う業種はコレ


 新型コロナウイルスの拡大が、観光、イベント、製造業をはじめとする経済活動全体に深刻な影響を及ぼしている。特に消費税増税の痛みがじわじわと効いてきている中小企業にとっては極めて厳しい状況で、今後は資金繰りの悩みに頭を抱える日々が続きそうだ。だが、そんなときでも税務当局の動きには注意が必要だ。業種を問わず不況の風が吹いているようにみえても、当局はカネの動きを見逃さず、ピンポイントで照準を定めてくる。また、今年が不況であっても調査が来ないという保証はどこにもない。コロナウイルスによって当局がどう動くかを探った。


 新型コロナウイルスの広がりとともに元気を失う日本経済で、医療・衛生材料のサプライヤーの株価が火柱高(ひばしらだか)をみせるほど好調に伸びている。一般消費者向けのマスクは中国からの輸入が止まるなかで国内生産の供給が追い付かない状態であり、また防護服やゴーグル、グローブ、シューズカバーなど医療関係者にとって必須となるアイテムも予約待ちの状態が続いている。さらに赤外線サーモグラフィーなどは医療施設以外の老健施設や教育現場からも注文が殺到しているなど、さながら「コロナバブル」の様相だ。

 

 今回のコロナウイルスの被害がどこまで拡大していくのかは見通せていない現状だが、税務調査に関しては、もしも感染の拡大が「パンデミック」と表現される状態となれば、過去の大災害を見る限り、一時ストップになるとの見方が強い。

 

 だが、一時的に調査を控えたとしても、当局は決してアイドリングを切ってエンジンを停止しているわけではない。いつでもアクセル全開で踏み込める準備はしっかりと整えていることを忘れてはならない。

 

 「短期に激太りした業界には必ず国税当局の視線が注がれています。コロナウイルスの影響を受けて、税務調査で真っ先に狙われる先となるのはそうした業界でまず間違いない」

 

 こう語るのは、東京・杉並区で開業する元国税調査官のA税理士だ。ここでいう「そうした業界」とは、冒頭で紹介した医療系サプライヤー業界ということになりそうだ。

 

 一時的に好況となった業界に共通するのは、言うまでもなく好況分の申告漏れだ。東日本大震災では復興事業を請け負った工事業者の申告漏れが多数指摘された。また北陸新幹線の開業時には、金沢市内の飲食店で申告漏れが激増し、追徴課税を受けるに至っている。申告漏れには、文字通り「うっかり漏れ」とともに、「このくらいは大丈夫だろう」という故意による売上除外が混在するが、当局は「好況業種には必ず高い確率で何かあるという意気込みで臨む」(A税理士)ということから、ゴマカシはまず見破られると考えておいたほうがいい。

 

流通、美容、風俗業界も注意

 さらに、有事の際に忘れてはならないのが、補助金や助成金の存在だ。今回のコロナウイルスで、政府はマスク増産のために設備投資する企業への補助金や、観光業界への資金繰り援助など総額153億円の緊急対策を第一弾としてまとめた。

 

 今後、ウイルス被害が沈静化するまで第二、第三と支援策が出るのはほぼ間違いない。もしも補助金を受け取るのならば、きちんと支出を考えておかないと、せっかくもらった補助金に課税されてしまうことになる。

 

 また、新たな補助金や助成金が従業員への福利厚生の一環として出されたものであれば、全ての業種が対象となる。過去には、受け取った助成金の扱いに困り、かなり強引な退職金をねん出したケースや、申告をしないことでごまかそうとした事例も少なからず報告されている。タダより高いものはなかったという事態に陥らないためにも、いまから対策は抜かりなく講じておきたい。

 

 税務調査に関して重要なことは、今年の調査は「今年の景気が良い業界」を狙ってくるわけではないということだ。調査官は過去の税務申告の内容に基づいて、その是非を問うのであり、にわかに好景気を迎えた業界を早期に調べたところで「実入りが少ないため、当然ながら翌年まで寝かす」(前出のA税理士)ということになる。

 

 つまり、今期は景気のどん底にあっても、昨年以前の調子が良ければしっかりチェックはされるし、逆に今年1年で税務調査がないからといって安心はできないということだ。そのため、今年好調な業態は「来年度以降は必ず来る」という覚悟をもって、今のうちからしっかりと税務調査の対策を心掛けるようにしなければならない。

 

 今回のコロナウイルスによって好況となっているのは、前述のように医療サプライヤー系が目立つものの、自宅勤務(テレワーク)などが増えていくことから、今後は飲食料品をはじめとする宅配業界が活況になるとも予測されている。ITの時代とはいえ、やはりモノが動かなければ人々の生活もビジネスも成り立たない。宅配・流通業界も次年度以降に税務調査がやってくる「その日」に備えた対策が必要だ。

 

 とはいえ、当局は来年の「その日」まで何もせずに手をこまねいているわけではない。短期間の好不況に左右されずに狙える業態に常に目を光らせ、調査に走っている。東京・世田谷区の元国税専門官のB税理士は「好況な業界を知るために電車の中吊り広告を見るのは税務調査官の常識」と語る。

 

 いま電車の中吊り広告をみれば、その半分は美肌や脱毛などの美容系だ。コロナウイルスでは「濃厚接触」が恐怖のキーワードになっており、まさにスタッフとの接点が多い業界ではある。しかし、いまだに急激な落ち込みを見せていない業態でもあり、当局が見逃すとは考えにくい。

 

 また、より濃厚に接触する業界といえば一般に風俗業が連想されるが、こちらも「取りやすい業種」として常に当局の「お得意さん」のリストに挙げられている。客足が遠のいたとしても、厳しい目を向けられることになるだろう。

 

「不況なりにもいろいろ出てくる」

 個人の中低所得階層も注意が必要だ。ここ数年、当局は〝絨毯爆撃〞などと呼ばれる調査に取り組んでいる。ひとつの地域を軒並み調べる「臨戸調査」を実施して、無申告の不動産所得者などを拾い上げる手法で実績を上げてきているのだ。これまで事業所得中心の調査では抜け落ちてきた不動産所得のある人の捕捉で効果を発揮しているようだ。

 

 日本経済全体に大不況の波が押し寄せようとも、「バブル崩壊後もそうだったように、調べれば不況なりにもいろいろ出てくる」(B税理士)。税務当局は決して目をつぶることなく〝成果〞をあげようとするわけだ。

 

 納税者の国外資産を把握する海外取引担当(通称「かいとり」)も常に目を光らせている。さらに「税うんぬんの前に、経理がだらしない企業はもちろん、談合やキックバック、リベートなどが風習として残っている業界はいつの時代も狙われる」(同)。

 

 好況不況を問わず正確な申告をするのは当たり前として、景気によって「狙われやすい業態」であれば、痛くもない腹を探られないように、そしてどこを突かれても大丈夫という構えで税務調査に臨みたい。「コロナ景気」でも「コロナ不況」でも、常に税務署の存在を忘れてはならない。

(2020/03/31更新)