イチロー流 資産管理と節税策

生涯収入200億円超


 シアトルマリナーズのイチロー選手が、28年間の現役生活にピリオドを打った。稼いだ金額は年俸やスポンサー料を合わせてざっと200億円。さぞかし税金では苦労しているかとおもいきや、しっかり者の弓子夫人が代表を務める資産管理会社を税金の安いネバタ州に置くなど、バッティング同様、抜かりなく対応しているようだ。また、報酬の一部を「引退後払い」とすることで、利息分を上乗せするなどの資産運用もしているという。球界一の才能を持ち、また球界一の努力家であったスーパースターの節税手法と資産管理術を覗いてみる。


 イチローは引退会見の席上、「神戸に税金を少しでも払えるようにがんばる」と、過去に在籍したオリックス・ブルーウェーブ(現バファローズ)の本拠地・神戸への貢献を誓ったが、現時点の情報では、今後もアメリカに税金の大半を納めることになりそうだ。

 

 日本の税法で所得税を課す対象としているのは、原則として日本に継続して住んでいる「居住者」に限られ、大リーグの球団と契約してアメリカを拠点としてきたイチローは日本の「非居住者」に該当し、基本的には所得税の課税対象とならない。引退後は所属球団のマリナーズで何らかの役職が与えられるといった話があるが、その収入もアメリカでの課税対象となる見込みだ。イチローは税金ではなく、寄付など別の形で神戸に〝恩返し〞することを視野に入れていると考えられる。

 

 ただし非居住者でも、日本国内での源泉所得には課税される。例えば日本の会社が広告宣伝のために支出するスポンサー料は日本の所得税の課税対象となる。収入の2割が日本で源泉徴収され、イチロー個人への支払いであれば他の所得と合算せずに税額計算する分離課税、資産管理会社に支払われるのであれば総合課税の対象となる。いずれにしても日本とアメリカで二重に課税されることはない仕組みとなっている。

 

 日本では所得税と住民税を合わせて所得の55%が課税対象となる。一方アメリカでは、州ごとに地方税の税率が異なる。例えば財務省がまとめた資料によると、ニューヨーク市では所得税と地方税を合わせて49・7%となっている。おおむね、日本と比べて税負担は少ない。

 

税率の低い州に資産管理会社

 そしてイチローの資産は、個人としてではなく、妻の弓子さんが代表を務める資産管理会社が運用しているとされている。法人で管理することで経費にできる支出の幅が広がるなど税メリットが高まる。これは日本でもアメリカでも変わらない。

 

 特筆すべきは、資産管理会社をマリナーズの本拠地であるシアトル(ワシントン州)ではなく、オレゴン州を挟んだ先にあるネバダ州で登記していることだ。ネバダ州はアメリカでも法人の実効税率が低いことで知られている。日本でも自治体ごとに地方税の負担は若干異なるが、アメリカは州ごとの差が日本以上に大きいため、税負担の大幅な軽減につながっているとみられる。

 

 イチローのプロとしての最初の契約は、年俸430万円、契約金4千万円で、プロ野球選手としては突出したものではなかった。しかし3年目にリーグ新記録となる3割8分5厘の打率を残して8千万円の契約を結ぶと、その翌年には1億6千万円で契約。それ以降は〝億超え〞の年俸が20年以上続く。特に活躍の場をメジャーリーグに移してからは高額契約が続き、最大で年俸18億円を受け取っている。生涯年俸とスポンサー収入を合わせると最低でも200億円を超えるとされており、その点から見てもイチローの残してきた足跡の大きさが分かる。

 

 そして年俸の一部や年金は引退後に受け取ることになっており、収入が生涯にわたって途絶えない状況となっている。経済誌『フォーブス』によると、2007年に5年で9千万ドルの契約を結んだ際には、1年当たり500万ドル分を後払いとすることにしたという(別の報道では年600万ドル)。受け取るのは引退翌年の2020年からで、現在のレートで日本円に換算すると、少なくとも27億5千万円〜33億円(2500万〜3千万ドル)をこれから受け取ることになる。

 

 報酬の一部を後から受け取るメリットは、利息分が上積みされることにある。イチローは現時点で球団にお金を預けている状況で、後払い分には5・5%の利息が上積みされるそうだ。

 

報酬受取の先延ばしで利息分上積み

 会社勤めの人でも、報酬の一部だけを受け取り、残りを別の年に受け取るということは起こり得る。例えば資金に余裕のある人が給与の一部を会社への貸付金とした場合や、経営状況の悪化による未払いが発生した際に、後から残額を受け取るケースだ。未受給分を受け取る際には当然の権利として利息分を上積みできる。

 

 ただ、このケースを日本の税法の基本に当てはめると、所得税率に関する疑問が生じる人もいるかもしれない。

 

 所得税は所得金額が上がるほど高税率になる「累進課税」の仕組みをとっていて、課税所得4千万円超の部分には一律で税率45%が課税されるが、その分を所得がない別の年に受け取れば、195万円以下の部分は税率5%、195万円超330万円以下の部分は税率10%などと低税率になる可能性があるためだ。この理屈が通れば、後払いとすることで節税メリットが生じる。

 

 しかし東京・新宿区の高橋創税理士は、「契約の内容次第ではあるものの、報酬の後払いという方法は税金の節約にはならない可能性が高い」と見ている。その理由は、実際にその年に現金を受け取っているか否かにかかわらず、その年の報酬として確定している額を基に所得税額が計算されるのが税法のルールであるためだ。

 

 報酬の一部を後回しで支払うにしても、その年に未払い計上して翌年以降に後払いするのではなく、退職金の額を上積みするという方法をとった方が税額は基本的に少なくて済む。

 

 退職金への課税は、長年の功に報いたいという会社の思いに水を差さないようにするためか、給与所得や一時所得などの他の所得と比べて優遇され、勤続年数に応じて一定金額を所得から差し引くことができる。具体的には、勤続年数20年超なら「800万円+70万円×(勤続年数-20年)」、20年以下なら「40万円×勤続年数」(80万円に満たなければ80万円)を退職所得から差し引ける。

 

 退職金の支払いは会社の損金として法人所得から控除することも可能だ。ただし役員への退職金を損金にするには「不相当に高額でないこと」という要件を満たさなければならない。何をもって「相当」とするのか判断が難しいが、役員の在職期間や退職事情、同業・同規模の他社役員の退職金などを勘案して判断することになっている。

 

 このほか、イチローは年俸の後払い分に加え、メジャーリーグ組織から支払われる「MLB年金」も今後受け取れることになっている。MLB年金はメジャーに在籍した全選手が受け取れるもので、イチローのように在籍10年以上になれば満額の17万5千ドル(約2千万円)を62歳から毎年受け取れる。日本の企業年金と類似のものであるため、日本であれば雑所得として8%程度の税率が課税されることになる。

 

 イチローは引退会見で、「(これまで貫いてきたのは)野球を愛したこと」「草野球を極めたい」などと、野球への愛情を口にした。誇りを持って取り組んだ仕事で多額の貯えを築けたというのは羨ましい限りだ。

(2019/05/08更新)