【轍鮒の急】(2020年5月号)


荘子は貧乏で、食べるものにさえ困っていた。そこで領主に、ほんの少しでいいから穀物を分けてくれと頼む。すると荘子の才をよく知る領主は快く「あと5日もすれば収穫なので、年貢が入ってきたら、少しなどと言わずにたくさん差し上げよう」と応じる▼困窮している荘子は、そこでこんな話をする。自分はここへ来る途中、道のくぼみにたまったわずかな水の中で苦しんでいる鮒に「2、3日したら長江へ行くので、川に放って助けてやろう」と言ったら、「水が欲しいのはいまだ」と憤慨された。飢え死にしそうな私が助けてほしいのもいまだ、と▼荘子に曰く「轍鮒の急」という。危険や困難が目の前に迫っている状況のたとえだ。医療の最前線ではマスクや消毒液、防護服といった物資が不足している。トヨタまでもがマスクの生産に乗り出したというが、現場が必要としているのはいま。まさに轍鮒の急だ▼人工呼吸器の絶対数が不足していることも早くから指摘されていた。病床数が足りなくなることも最初から分かっていた。では、いつまでに必要数を確保できるのか▼助成金や給付金を申請する人が長蛇の列をつくっているが、支給には数カ月かかるという。轍(わだち)の水たまりで喘ぐフナが聞いたら絶望する遅さだろう。