【不条理】(2020年4月号)


フランス植民地時代のアルジェリア、オラン市。そこでは原因不明の病死者が相次いでいた。やがてひとりの医師が、ペストが死因であると気づく。新聞やラジオがそれを報じると市民はパニック状態に陥る。最初は楽観的だった市当局もようやく対応に乗り出す。しかし初動の遅れが響き、やがて街は外部と完全に遮断されてしまう▼43歳でノーベル文学賞を受賞したフランスの作家、アルベール・カミュ。代表作のひとつである小説『ペスト』は、彼の生まれ育った北アフリカが舞台だ。中世ヨーロッパで人口の3割以上もの命を奪い「黒死病」と呼ばれて恐れられたペスト。カミュはペストの感染拡大を「不条理が人間の集団を襲う」ものとして描いた▼脱出不可能な状況で、市民の精神状態も限界に近づいていく。ペストが発生したのは人々の罪のせいだから、悔い改めろと説教する神父を横目に、医師を中心に下級役人や新聞記者らが協力して必死に患者の治療を続ける。不条理に直面した際の宗教と科学、そして迷信と医学のコントラストが絶妙だ▼五輪組織委の森喜朗会長はコロナの影響について「消極的、悲観的、二次的なことは今は一切考えていないし、考えてはいけない時期」と述べた。滑稽でナンセンス、まさに不条理そのものだ。