【後世の博物館に並ぶモノ】(2016年6月号)


芥川賞作家、小川洋子さんの小説『沈黙博物館』には、耳を縮小するためだけに使う専用のメスが出てくる▼昔、ある役場の塀にはS字形の小さな穴が開いていて、そこへ耳たぶが入る住民は税金を納めなくてよかった。納税を免れるため、人々は奇妙な穴の形に合わせて耳を小さくしようと考えた。ヤミ手術が流行し、このメスが後世に残った、という物語▼「パナマ文書」によって、国際的租税回避の仕組みの一端が明らかになりつつある。タックスヘイブンには、ヤミ手術を施してくれる医者のように、特殊な租税回避スキームを駆使して税金逃れを手伝ってくれる法律事務所も存在するというのだから、小説さながらだ▼物語にまつわる話をもうひとつ。「ピーターパンの物語に『飛べるかどうかを疑った瞬間に飛べなくなる』という言葉がある。大切なのは前向きな姿勢と確信」。こう講演で述べたのは日銀総裁。語るに落ちるとはこのことだ。異次元の金融緩和導入から3年。人々が「本当にこれで日本経済が良く なるのだろうか」と疑った瞬間、この政策は失敗に終わると認めたようなものではないか▼後世の博物館に「折れた3本の矢」や「金利がマイナスで記された預金通帳」、そして「天文学的な量の1万円札」などが並ばないことを願いたい。