【文月】 (2020年7月号)


「荒海や佐渡によこたふ天の河」。夜の日本海は荒れている。その波頭の彼方に浮かぶ佐渡の黒々とした島影。静と動、ふたつの事象を超越するかのように、天空には天の川が横たわり、星々の光が降り注いでいる。『奥の細道』を代表する松尾芭蕉の名句だ▼天の川を挟んで向き合う織女と牽牛の七夕伝説は『文選』の中の漢の時代に編纂された「古詩十九首」の記述が初出とされている。日本には奈良時代に唐から伝わり、『古事記』や『日本書紀』にも語源が残る「棚機津女(たなばたつめ)」の伝説と融合して伝えられるようになったという▼奈良時代末期に編まれた『万葉集』には4536首もの和歌が収載されているが、七夕を詠んだ句はそのうち132首を数える。渡来してさほど間もなく、ようやく語られ始めたばかりの七夕伝説を、早くも取り入れて歌に詠んだ万葉人の知性と教養に驚かされる▼中国では七夕の織姫星に裁縫の上達を願ったという。日本でも短冊に願いを書いて笹に吊るす風習があるが、もともとは織姫と彦星の逢瀬の成就を願い、歌に詠んで供えたものだという▼7月の旧暦古称は「文月」。和歌や書道の上達を願った七夕行事にちなみ、こう呼ばれるようになったとする説が有力だが、現代の短冊には「文書を正しく残す国になりますように」と、ささやかな願いを込めて書くしかなさそうだ。