資産形成の手段は多様化

いま見直される生保の役割

相続対策にも不可欠


 マイナス金利の影響による保険商品の売り止め、保険料の大幅な見直しなど、昨年は生命保険にとって激動の年となった。政府は「貯蓄から投資へ」のスローガンのもと、確定拠出年金やNISAなど新たな資産形成手段を税制面からもサポートしており、それらと比べた時に生命保険が提供できる価値が再び見直されようとしている。生命保険が経営者にとって欠かせないツールと言われる理由は何なのか、それはマイナス金利下の情勢でも変わらない価値なのか。生命保険を取り巻く状況をもとに考えてみたい。


 昨年12月8日に発表された2017年度税制改正大綱には、少額の投資で出た利益を非課税にするNISA(少額投資非課税制度)の拡充が盛り込まれた。新たに非課税期間20年、年間投資上限40万円の「積立NISA」を創設し、さまざまな投資形態に合わせた資産形成を支援するのが目的だという。NISAは14年の制度スタート以来、毎年のように拡充が行われており、政府の掲げる「貯蓄から投資へ」というスローガンを体現する制度だと言える。

 

 また毎月決まった額を投資に拠出し、自分で運用して老後の資産を形成する確定拠出年金制度も年々加入者が増加している。16年3月末での加入者は企業型と個人型を合わせて約570万人にも上り、10年前に比べて約3倍に増えた。17年1月以降は新たに専業主婦や公務員などが制度対象に加わり、さらに増加ペースが上がることが予想される。社会保障費の増大によって公的年金制度の維持が難しくなるなかで、政府はこれからも積極的に確定拠出年金制度の利用を推進していく方針だ。

 

 あくまで投資であるため損失リスクは切り離せないものの、「公的年金は当てにならないので自力で老後の資産を蓄えたい」と考える人の増加もあって、これらの制度は老後の資産形成の手段として急激に存在感を増しつつある。

 

 生命保険も資産形成の代表的な手段ではあるものの、16年は逆風の1年間だったと言えるかもしれない。2月に日銀が初のマイナス金利を導入したことによって、生保会社はこれまで契約者に約束していた利率を確保することが難しくなった。その結果、貯蓄性の高い保険商品の多くが売り止めとなり、また販売中止にならなくとも保険料の値上げに踏み切らざるを得なかった。

 

 特に保険料を前もって一括で払う「一時払い終身保険」は、最終的に高額の解約返戻金を受け取れることや相続対策にも使えることで資産家の人気を博してきたが、利率の高さからマイナス金利導入のダメージが直撃し、秋頃までにはほとんどの保険会社で販売中止となった。

 

「2つの変化」に注目

 マイナス金利が中止される見通しが立たないため、当面は生保業界にとって厳しい状況が続くが、さらに17年度から18年度にかけては大きな2つの変化がたて続けに起きることが予想される。

 

 まず17 年4月には、1年ごとに実施されている金融庁による「標準利率」の改訂が行われる。標準利率は、生保各社が保険商品ごとに決める運用利回りの基礎となるもので、国債の利回りなどを参考にして定められる。16年4月の改訂時は、まだマイナス金利政策の効果が見えていなかったこともあって前年と同じ1%に据え置かれたが、次の4月の見直しでは、史上最低水準の0・25%まで一気に引き下げられることがほぼ確実と見られている。

 

 標準利率が下がれば保険会社が契約者に約束する予定利回りも当然下がる。その影響は、保険料の値上げという形で反映される。すでに実施された各社の貯蓄型保険の保険料値上げはこれを見越した動きだったが、4月以降はさらに掛け捨て型の保険で保険料の見直しが実施される可能性も否定はできないだろう。

 

 2つ目の変化は、18年4月に「標準生命表」の改訂が行われる可能性が高いという点だ。標準生命表は、公益社団法人日本アクチュアリー会が作成する、日本人の寿命や年齢ごとの死亡率などのデータを基に「おおよそこれくらいの年齢で死亡する」という数値を算出したものだ。保険会社はこの標準生命表をもとに、保険金に応じた保険料を設定している。

 

 同表は1996年に作成され、11年後の2007年に初めて改訂されたため、そこからさらに11年後の18年に再改訂される可能性が高い。改訂されれば、近年の平均寿命の伸びを反映して、死亡率が引き下げられる見込みだ。そうなると、掛金を払い込む期間が伸びる掛け捨て型の死亡保険では保険料が下がり、逆に満期保険金を受け取れる人が増える貯蓄型保険では保険料が上がる可能性が高いと言える。

 

 これらの変化が実際の保険商品や保険料にどの程度の影響を与えるかは未知数だが、保険に加入する際には近い将来こうした変化が起きることも加味して考えていきたい。

 

 確定拠出年金など資産形成に役立つ新たな手法が台頭してきたことや、貯蓄型保険の売り止めが相次いでいることなどから、生命保険はかつてほど経営者にとって必須のツールではなくなったという見方もある。確かに払い込む保険料と受け取れる保険金や返戻金の額だけで見れば、貯蓄型保険では以前より〝旨味〞が減っていると言えるかもしれない。

 

 しかし、中小企業経営者が生命保険に期待する役割や、生保の持つ特徴を考えれば、その見方は一面的過ぎるのではないだろうか。

 

必要な保障は何かを見極める

 そもそも、生命保険に加入する目的を考えたい。ほとんどの場合、最大の目的は「もしもの時の保障」だろう。自分に何かあった時の家族のためが第一であるし、さらに中小企業では社長にもしものことがあれば会社はすぐさま機能不全に陥ってしまう。立て直しを図るあいだにも金融機関への借入金の返済、仕入先への支払い、社員への給与の支払い、月々の固定費などが発生し、備えがなければ「倒産」の2文字もちらつく。そうした事態への備えが、生命保険の最大の価値であることは間違いない。

 

 また生命保険には、会社の財務を強化するというメリットがある。支払保険料として払い込んだ現金は損金計上され、利益を抑える効果がある。貯蓄型保険ならば払い込んだ保険料以上の金額が一定期間後に満期保険金か解約返戻金の形で戻ってくるし、掛け捨て型ならば役員の死亡退職金などに充てることで、緊急時の出費に対する内部留保としての役割を果たす。

 

 また数ある節税策のなかでも、生命保険は解約をするとまとまった額がすぐさま現金として戻ってくるという機動性の高さが特徴だ。東日本大震災で被災した中小企業が津波によって全てを失ってしまったなか、唯一残った生命保険の解約返戻金が会社を救ったというエピソードもあり、会社の危機に一定の金額をすぐ用意できるのは生命保険の強みだ。

 

 解約せずとも、生命保険の積立金を担保としてお金を借りる契約者貸付制度もある。企業である以上は無借金経営が理想だが、一時的な運転資金不足に陥ったときの緊急手段として貸付制度の存在があれば、大胆な経営判断に尻込みすることもないだろう。資金繰り対策としての機能も、生保の大きな役割の一つだ。

 

 その他にも、保険料の損金算入で株価を下げておいてから生前贈与で株式分散するなど、事業承継対策としても生保は力を発揮する。

 

 個人として見れば、生命保険金は相続発生時のメリットが魅力となる。生命保険金には、相続財産から差し引ける「3千万円+600万円×法定相続人の数」の基礎控除額とは別に、独立した「500万円×法定相続人の数」という非課税枠が設けられている。例えば配偶者と子ども3人がいるケースでは生命保険金だけで2千万円が相続財産から除外されることになる。生命保険協会が求めていた控除枠の拡大こそ17年度税制改正では実現しなかったものの、固有の非課税枠は他の財産と比べて生保が圧倒的に優れている点だと言えるだろう。

 

 また生命保険金の特徴として、まとまった額の現金が相続発生後すぐに手に入るという点も大きい。相続財産の大半を占める不動産は分割が難しく、売却して現金化するにも時間がかかる。相続発生から10カ月という相続税の申告期限に間に合わせるために相場より格安で売り急ぐといったことも起こり得るため、現金がすぐ手に入る生命保険金は、納税資金として使い勝手が良い。

 

 現金が手に入るということは、遺産分割でも力を発揮する。相続財産のほとんどが不動産だと、長男が自宅を相続すると次男三男に分割できる財産がなくなってしまい遺産分割自体がうまくいかない。受取人固有の財産となる生命保険金があれば、次男三男の法定相続分に見合う金額を長男の他の固有財産で支払う「代償分割」が使えるわけだ。

 

 生命保険の持つこれらの特徴は、マイナス金利下の時代にあっても何一つ欠けることがないメリットだ。さまざまな社会的情勢によって生保を取り巻く環境が変わろうとも、生命保険が中小企業経営者にとって重要な役割を果たすという点は、今後も変わることはないだろう。

 

 生命保険を活用する際に忘れてはならないのが、保険料の変動や売り止めといった事情に過度に惑わされないことだ。今契約しても損だからといって時期を見定めているうちに何かあっては遅い。逆に急いで契約をしたものの、本来求めていた保障が得られなくては本末転倒だ。自分に必要な保障は何かをしっかりと見定め、税理士やファイナンシャルプランナーなどと相談の上で、希望を叶える保険商品を選びたい。

(2017/02/03更新)