現在の官邸と党税調の力関係を反映したのか、2018年度税制改正大綱決定までの議論は思いのほかスムーズに進んだ。ほとんどの項目で事前に予測されていた通りの改正内容が並んだが、なかには改正がささやかれていたものの実際には盛り込まれなかった見直しや、業界から長年にわたる要望があるにもかかわらず今年も〝無視〞された項目もあったようだ。ここでは、18年度大綱に盛り込まれなかった見直しをまとめてみた。
18年度大綱の柱とも言うべき所得税の各控除の見直しは、おおむね高所得者の税負担増という形で決着した。これは財政赤字解消や消費増税に伴う代替財源を求めていた財務省の思惑を強く反映したものだが、唯一、財務省が最後の最後で折れたのが「年収800万円超の増税」だ。
当初の財務省案では、基礎控除を一律10万円引き上げる代わりに、給与所得控除を年収800万円超から段階的に引き下げ、税収減の穴埋めを行うというものだった。自民党税調でもすんなりと承認され、このまま大綱に盛り込まれるかと思いきや、直前で公明党と官邸から「待った」がかかった。
増税となる対象を広げすぎると支持率に重大な影響を与えかねないと考えた官邸と、中・低所得者層を分厚い支持基盤として抱える公明党の思惑が一致した形で、結局、両党税調は幹部同士で合意していた「800万円ライン」を後退させ、850万円超から控除が縮小される案に落ち着くこととなった。
大綱に向けた議論のうちでも注目度の高かった、放置された「空き家」について固定資産税の減額特例を解除するという案は、大綱には盛り込まれなかった。内閣府が検討していたのは、空き家のうちでも地方の商店街の「空き店舗兼住宅」を対象として、住宅用地の減額特例から外すというものだ。
特例が解除されると所有者にのしかかる税負担は6倍ともなるだけに気になる人も多かっただろうが、今回の大綱に盛り込まれることはなかった。ただし固定資産税は本来地方税であるため、大綱に盛り込まれていなくても、地方の条例などとして今後実現する可能性は消えない。
少なくとも国が空き家対策に本腰を入れる姿勢を示していることは確かで、国土交通省から要望のあった「低未利用土地権利設定等促進計画(仮称)」は大綱に盛り込まれている。相続などをきっかけに放置されたままの土地を、所有者の同意の上で自治体が利用権を得て活用するというもので、国交省によれば「当事者による利活用に向けた積極的な行動を期待することは難しい」ため、「所有者と利用意向を有する者のマッチングを図る」ことが目的だという。
計画の具体的な内容は不明だが、今後、空き家や空き店舗の所有者に何らかのペナルティーが課される可能性はゼロではない。
総務相の諮問機関である地方財政審議会が提案していた、固定資産税の「据え置き特例」の廃止は見送られた。
同特例は、短期間に地価が上昇しても税額は前年度から据え置くというもので、地価の上昇が著しかった1990年代のバブル期に導入された。税負担の急上昇に苦しむ納税者を助けるための〝温情〞だったが、現在では、地価が上昇したにもかかわらず、据え置き特例が適用されたために地価下落地点より税負担が軽くなる逆転現象が起きていることなどから、廃止を望む声が上がっていた。
大綱では、「評価額と税額の高低が逆転する現象が生じるなど課題がある」と認めながらも、「現下の最優先の政策課題はデフレからの脱却を確実なものとすること」であるとして、2020年までは少なくとも特例を継続することを明記した。引き続き検討を行うと併記したものの、税の大原則である課税の公平性よりも政策目的を重視する安倍政権の姿勢が色濃く表れたものとなった。
税制改正に向けては、税の専門家団体である税理士会も毎年要望を出しているが、そうした専門家らによる、納税者権利の向上を求める要望が大綱に反映されたとは言い難い。
四国税理士会は、国税通則法で定められた税務調査前の通知が徹底されていないとして、事前通知を必ず書面で行うことや、本調査先の取引相手に入る「反面調査」についても通常の調査と同様に事前通知を徹底すべきだと要望したが、大綱には何ら反映されなかった。
2016年に地震で大きな被害を受けた熊本県に事務局を置く南九州税理士会は、被災者を支援する税制を規定する災害税制基本法をはじめとする細やかな支援充実を訴えたが、今回の大綱で災害に大きく関係する内容は、森林整備を目的とした「森林環境税」という新税導入だけだった。
日税連をはじめとする各税理士会が長年にわたり求める「納税者権利憲章」についても、大綱はまったく触れていない。
大綱の末尾では、今回盛り込まれなかったものの将来的に検討していく項目として12のテーマが掲げられている。そのなかで注目したいのが、小規模事業者や個人事業者への課税のあり方だ。
小規模事業者については、個人事業主や同族会社、自営と法人成り企業などのバランスを踏まえつつ、所得税と法人税を通して全体的に見直していくとしている。漠然とした言い方だが、近年の改正の傾向からしても、何らかの要件を厳格化するという〝負の調整〞でバランスを取る可能性が高い。
また個人事業者の事業承継については、事業用宅地の特例によって、すでに相続税負担は大幅に軽減されているとして、今後は「事業継続に不可欠な事業用資産の範囲を明確にする」と述べ、こちらもまた要件の厳格化を匂わせた。
(2018/01/30更新)