トランプ大統領の誕生でどうなる?

ニッポンの中小企業

保護主義政策がもたらす影響とは


 米大統領選で勝利した共和党のドナルド・トランプ氏は、就任後に法人減税などの大胆な経済政策を断行するという。米国経済の再生を強調する一方、通商政策では自由貿易の推進に否定的で輸入関税の引き上げなど保護主義へ舵を切ることになりそうだ。果たしてトランプ氏の経済政策は中小企業にどのような影響を及ぼすのだろうか。


 劇的な変化に期待して米国民は危険な賭けに出た。女性や障害者をさげすみ、移民排斥を強く訴えるドナルド・トランプ氏を次期大統領に選んだ。数々の暴言は多民族国家である米社会の分断を一層進行させるだろう。それでも「彼なら現状を壊してくれる」と、多くの米国民が期待を込めた。

 

 トランプ氏の政策で最も特徴的なのは、米国の利益を最優先させる「米国第一主義」を掲げていることだ。環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱表明や、カナダやメキシコとの北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しを明言しているように、政策面で内向きの姿勢を強めるだろう。

 

 米国のシンクタンクであるピュー・リサーチ・センターが10月に行った世論調査では、「米国は自国の問題に専念すべきか、問題を抱える他国を助けるべきか」との問いに、「専念すべきだ」とする人が54%に上り、1995年の41%から13ポイントも増加する結果となった。一方の「助けるべきだ」は41%にとどまった。このうちトランプ支持者の7割が「専念すべきだ」と答えている。トランプ氏の米国第一主義は、大多数の米国民の意向を反映したものと言っていいだろう。

急激なインフレの可能性も

 トランプ氏は勝利演説で「成長を現在の2倍にし、最強の経済にする」と米国経済再生への意欲を強調した。大統領就任後の100日間で実施する政策をまとめた「有権者との契約」には、巨額減税を柱とする米経済再生策の断行が盛り込まれている。

 

 最大の目玉は、連邦法人税の税率を35%から15%に引き下げるという大胆な政策だ。所得減税も含めると、減税額の規模は10年で6兆ドル(約624兆円)となる。

 

 米国には法人税について特殊な仕組みがある。企業が本国に送金するまでは海外利益に課税しないことを定めている点だ。この税制の下で米大企業が海外にため込んだ利益は2兆6000億ドルに上るという。トランプ氏は、米国企業が国外にため込んだこの2兆6000ドルの資金を本国に還流させるため、米国に資金を戻す場合の税率を15%から10%に軽減する考えだ。

 

 法人税の監視団体シチズンズ・フォー・タックス・ジャスティスの2016年3月の推計によると、海外保有利益が最も多いのはアップルの2000億ドルで、これにファイザー(1940億ドル)、マイクロソフト(1080億ドル)、ゼネラル・エレクトリック(GE)(1040億ドル)が続く。海外から米国への利益送金で税収が一時的に増えれば、トランプ氏にとってはインフラ投資拡大という他の政策の資金手当てに役立つことになる。

 

 だが、法人税率の低い国への投資が減ることも予想され、将来的に国内へ資金が還流するかどうかは未知数だ。大企業といっても財源に限りがあり、効果は限定的になる可能性もある。

 

 トランプ氏は財政出動も積極的に進める考えだ。歳出を増やす一方で大規模な減税を実施すれば、当然財政赤字を免れることはできない。これをどう埋めるかが課題となるが、トランプ政権が考えているのは、大企業の法人税負担が減ることで、企業はその分を投資や配当、あるいは従業員への給与などに回すことができ、これによって市場にお金が回り、経済が良くなるというシナリオだ。そうすることで企業の業績が良くなり、結果的に減収分をカバーするだけの税収拡大につながるとしている。

 

 米リサーチ企業のムーディーズ・アナリティクスはトランプ氏の経済政策について、物価上昇を引き起こし2019年には景気後退に陥ると試算している。トランプ氏は、中国への輸入関税を45%に、メキシコには35%を課すと述べている。過激な保護主義政策によって輸入物価が上昇し、急激なインフレになるリスクも否定できない。

 

タックスヘイブン並みの低税率が日本経済にも悪影響

 当然、日本経済にもトランプ氏の政策は波及する。日本経済研究センターは大統領選の直後に、民間エコノミストの予測を集計する「ESPフォーキャスト調査」を発表した。トランプ氏が大統領に就任することが日本経済に及ぼす影響を聞いたところ、日本の実質国内総生産(GDP)を1年以内に押し下げると回答したエコノミストが75%に上った。米国の保護主義によって日本経済に悪影響を及ぼすと考えるエコノミストが大半を占めていた。

 

 20%もの税率を引き下げることはタックスヘイブン(租税回避地)並みの低税率で、海外に移転した企業を米国に呼び戻し、さらに外資企業も誘致して米国内に雇用を創出しようとする狙いがある。現在、米国の法人税率は約40%であり、他国と比べても高い。EUから離脱を決めた英国も現在の20%からさらに引き下げる方針であり、世界的に法人税率引き下げに拍車がかかることも考えられる。

 

 日本も法人実効税率を2016年度に29・97%、18年度には29・74%へと引き下げることとしているが、トランプ流の極端な減税策を受け、経済界からさらなる法人税率の引き下げが要求されることも考えられる。しかし全体の99%を占める中小企業にとって、法人税率の引き下げは大した恩恵はない。法人減税の代替財源は、赤字、黒字に関係なく、人件費や資本金に応じて課税される「外形標準課税」の強化で一部をまかなうことが有力視されており、法人減税で黒字企業の税負担が減る分を赤字の中小企業に背負わせる構図が目に浮かんでくる。

 

 一方、輸入関税の引き上げで大打撃を被ることが予測される日本の輸出企業はどう対応するか。支出を減らすためには下請けへの単価引き下げ強要や、租税特別措置のさらなる優遇要請などで守りに入るだろうか。そうなれば、しわ寄せは全て中小企業に来る。

 

 トランプ旋風は世界に大きな影響を及ぼすことが予想されるが、それを日本国内で行う「無茶な政策」の免罪符にしてはならない。トランプ氏の言動以上に、日本政府や日本の大企業の動きにしっかりと目を光らせていたい。

(2017/01/01更新)