とよだ・きいちろう

明治27(1894)年、豊田紡織(現・トヨタ紡織)や豊田自動織機製作所(現・豊田自動織機)の創業者でトヨタグループの創始者である豊田佐吉の長男として生まれる。旧制明倫中学校(現・愛知県立明和高等学校)から旧制第二高等学校(現・東北大学)甲組工科を経て東京帝国大学工学部機械工学科に進む。大正9(1920)年に卒業するが、父親の意向で翌年3月まで東京帝国大学法学部に学ぶ。地元の名古屋に戻ると豊田紡織に入社。大正15(1926)年、豊田自動織機製作所が設立されると常務取締役に就任し、昭和8(1933)年には同社内に自動車製作部門を新設した。この部門を昭和12(1937)年にトヨタ自動車工業として独立させ副社長に就任。昭和16(1941)には社長に就任した。愛知県西加茂郡挙母町(現・豊田市)に58 万坪の土地を取得し自動車工場を建設。しかし、戦後占領期の昭和24(1949) 年、ドッジ・ラインによる財政金融引き締め政策の影響で日本経済が不況に陥るとトヨタの債務も増大。早期優遇退職者を募る経営側と全日本自動車産業労働組合トヨタコロモ分会の対立が激化する事態となり、その責任をとるかたちで昭和25(1950) 年には社長を退任。東京に研究所を設立してエンジンの研究などを行った。昭和27(1952)年、再び社長に就任することが内定していたが、その直前に57 歳で死去。平成13(2001) 年に日本自動車殿堂が創設されると同時に殿堂入りし、平成30(2018) 年には米国の自動車殿堂入りも果たした。