所得税大改革で

配偶者控除は廃止されるのか

動き出す自民党税調


 自民党税制調査会の宮沢洋一会長は、若手議員を集めた勉強会で、「今年の秋から暮れにかけては所得税の大改正を予定している」と述べ、1994(平成6)年以来となる22年ぶりの大改正を行うことを宣言した。消費税の軽減税率導入をめぐる議論では存在感を発揮できなかった党税調が、次年度の改正に向けて先手を打ったとの見方もあるが、安倍政権にとっても所得税改革は避けては通れない道だ。議論の尽きない配偶者控除の扱いに答えは出るのか。


 男が外で働き、女が家を守る――。そうした就労スタイルが大多数を占めていた1961(昭和36)年、共働き世帯に比べて負担が多い専業主婦家庭の家計を助けようと、配偶者控除制度は創設された。

 

 配偶者の年収が一定の水準以下なら、夫婦の「稼ぐ側」の収入から基礎控除額を差し引いて所得税額を算出し、税負担を軽減をするというものだ。導入当時は多くのサラリーマン家庭に不可欠の制度とされてきたが、時代の推移とともに世相はずいぶんと様変わりした。

 

 74年からは配偶者控除と扶養者控除は同一の38万円となり、「内助の功」へのご褒美的な側面は消滅した。戦後の税制改革で個人単位課税が採用されたのだから当然の流れだ。だが、それでも高度成長期から70年代の安定期、そして80年代のバブル期にかけては専業主婦世帯が全体の半数を占めていた。

 

 しかしバブル崩壊後の景気失速で90年代には主婦がパートタイマーとして働く家庭が増え、共働き世帯が専業主婦世帯数を上回った。80年に614万であった共働き世帯は2014年には1077万世帯に増え、一方で1114万あった専業主婦世帯は720万世帯へと、完全に逆転した。

 

103万円は「壁」ではない

 しかし、共働き世帯が増えたとはいえ、子育てによって離職した後に職場へ復帰できないなど、女性の多くがさまざまな理由から働きに出られないことは深刻な社会問題となっている。

 

 小泉純一郎内閣以来の歴代与党政権では「女性の社会進出」を大看板に掲げ、そのような問題の解消に取り組む姿勢を見せてきているが、そこで長年にわたって照準が定められているのが配偶者控除の「103万円の壁」だ。

 

 この制度により、103万円を年収の上限に設定して労働時間を調整する人が増え、主に女性の社会進出を阻むものとなっているのだという。だが、ことはそれほど単純ではなく、また「壁」の理屈も税法をしっかり読み込めば、的外れな論であることは明白だ。

 

 たしかに、配偶者の所得が38万円を超えれば配偶者控除を受けることはできなくなるため、給与所得控除65万円と合わせて「103万円」というラインは存在する。だが、給与所得控除65万円を差し引いた配偶者の所得が76万円に達するまでは「配偶者特別控除」を受けることができるため、「稼いだ分だけ損をする」という逆転現象は起きないようにできている。

 

 政府は当然この仕組みを知りながら、あたかも配偶者控除の壁を壊すことで女性の社会進出の道が広がるように喧伝するが、それは配偶者控除の廃止が単なる増税であることをごまかすことにほかならない。なお、配偶者控除の廃止で見込まれる税収増は6000億円に上る。

 

控除利用者の二極化

 安倍政権は2015年6月に「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針2015)を閣議決定し、20年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化を目標に掲げている。

 

 そのための税制改革では、「夫婦共働きで子育てをする世帯にとっても、働き方に中立的で、安心して子育てできる社会を目指す」として、経済成長に向けた社会基盤の再構築を掲げている。

 

 そこで議題に上がっているのが配偶者控除の撤廃だが、ここまで見てきたように、この壁を壊したところで意味がないのは明白だ。では、配偶者控除は今後どうあるべきなのか。全体の9割以上が専業主婦世帯だった制度導入時とは違い、現状では配偶者控除を利用する層にも変化が見られるようになっている。

 

 財務省が2012年分の民間給与実態統計調査(国税庁)をもとに調べたところ、一家の稼ぎ頭が年収200万〜300万円の家では配偶者控除の利用は11・2%に過ぎないが、500万〜600万円では33・7%、1000万〜1500万円の層では61%が利用していることが分かった。

 

 つまり配偶者控除の大部分は、配偶者が働きに出る必要がない富裕層世帯へのサービス減税に過ぎないのが実態ということだ。だが一方で、稼ぎ頭の収入は低いにもかかわらず、子どもを有料施設に預けることができないため配偶者が働きに出られないという「貧困層」が急増していることにも注目したい。

 

 働き手が一人の〝一般家庭〞への税優遇という機能は完全に失いつつあるものの、単純に「金持ち優遇」「女性の社会進出」という金看板によって制度を廃止すればよいというものでもなさそうだ。民間給与実態統計調査によると、平成26年に配偶者控除を受けた人は1389万人で前年比7万人増となっている。

 

 今後は「配偶者の収入」という基準だけでなく、世帯収入という枠でとらえる見方も求められてくるかもしれない。制度改革が本当に「安心して子育てできる社会」となるのか、または単なる増税に過ぎないのか。社会保障の「130万円の壁」とともに、しっかり見極めなくてはならない。

(2016/07/05更新)