老後の資産形成術

ベストな方法を自分で選ぶ!

公的年金には、もう頼れない


 高齢化にともなって社会保障費が増え続けるなかで、年金の受給年齢が引き上げられ、所得による受給額の制限などの検討が進んでいる。これから高齢化がますます深刻化してゆけば、高所得者である経営者の年金は減ることがあっても増えることはない。かつてのように公的年金だけで老後を悠々自適に暮らすというライフプランを想定できない以上、老後の資金を蓄えるのは他ならぬ自分しかいない。快適なセカンドライフのために最も有効な資産形成の手法は何なのか、それぞれの強みと弱みを知った上で選びたい。


 「蓄えのある経営者には、年金を自主的に返上させる」

 

 そんな衝撃的な案をぶち上げたのは、自民党の筆頭副幹事長であり、将来の首相候補とも噂される小泉進次郎衆議院議員だ。新浪剛史サントリーホールディングス社長との対談のなかで小泉氏は、経営者に自発的に年金を返上させ、それを財源として幼児教育の無償化に充てる案を提示し、「経営者が自発的に年金を返上することが社会に与えるメッセージは大きい」と意義を語った。返上した人には厚生労働大臣表彰や叙勲で敬意を表するという。経営者の自尊心をくすぐり、返上を促すわけだ。

 

 自主的な返上を促したところで財源としてまとまった額を確保するのは難しく、また経済団体からは強烈な反発が起きていることからも、今のところ現実味に乏しい。しかし日本商工会議所の三村明夫会頭は、返上案には反対しながらも、裕福な高齢者の年金支給額を減らす考えについては賛同の意を示している。これから経営者の年金が減らされていくことは政財界の一致した〝既定路線〞とも言えそうだ。

 

 高齢化にともなって社会保障費が増大するなかで、いまの現役世代が将来受け取れる年金は減ってゆくばかりだ。それに加えて経営者は、たとえ年金を受け取れる年齢に達していても、「在職老齢年金制度」によって受け取れる額を減らされる可能性が高い。

 

 この制度は60歳を超えて現役でいると受け取れる年金が減額されるというもので、他の人と同じ年金保険料を納めていても「年金を満額で受け取る資格はない」と言われてしまうことになる。昭和の時代ならいざ知らず、今のご時世に60歳できっぱり現場を退くことなどそうそう考えられないが、経営者はこうした厳しい条件のもとでも、自分や配偶者の老後の資金を蓄えていかなければならない。

 

 政府もそうした状況をわきまえていて、近年になり〝自助努力〞によって老後資金を形成することを促す施策を次々と打ち出している。投資によって得た利益にかかる20・315%の譲渡所得税を非課税にする「NISA(少額投資非課税制度)」や「iDeCo(個人型確定拠出年金)」がそれに当たり、政府は両制度を導入・拡充して老後の資産形成手段として奨励しているという現状がある。

 

 もっともその背景には、現金や預貯金で保有している個人の金融財産を投資に回して市場を活性化させたいという政府の真の狙いがあるが、少なくとも、これまでなら利益の2割ほどが税金で取られていたものが非課税になる。NISAはある一定額までの株式や投資信託などへの投資について、儲けの部分に対して課される約20%の譲渡所得税が免除される。現在では通常の「NISA」、19歳までの未成年者を対象とした「ジュニアNISA」、来年1月から開始する「つみたてNISA」の3種類があり、それぞれ投資上限額や非課税期間が異なる。

 

「NISA」と「iDeCo」

 通常のNISAは、20歳以上の人が利用でき、5年のあいだ毎年120万円までの投資について、儲けが非課税となる。5年経った時には、売却して利益を確定させるだけでなく、再び非課税口座を作って株式を持ち続ける「ロールオーバー」を選ぶこともできるが、その後に非課税となる儲けはやはり120万円に相当する部分だけであることには注意したい。5年間で1億円の利益を得れば1億円は非課税となるが、それを全額ロールオーバーして1億円を原資にさらなる儲けを非課税で得ることはできないというわけだ。

 

 また「ジュニアNISA」は、子や孫の将来の資産を親や祖父母が形成することを目的としたもので、老後の資産形成に使えるものではない。さらに本人が18歳になるまでは、口座から現金を引き出せないという制限があるなど、実用性に乏しい制度となっているのが現状だ。

 

 NISAのうち最も老後の資産形成に向いているのが来年1月にスタートする「つみたてNISA」だろう。年間投資額は40万円と通常のNISAより少ないものの、非課税期間は20年と4倍になっている。5年間ではまとまった資産を作るのが難しくても、20年あれば株価が大きく値上がりしていることも考えられ、通常のNISAに比べてリスクを抑えながら、資産形成を目指すことが可能だ。ジュニアNISAのような払い出し制限もないため、好きなタイミングで現金化することもできる。

 

 つみたてNISAをめぐっては、当初金融機関が用意した投資信託が50商品程度だったため、利用者の選択範囲が狭められることが危ぐされていたが、金融庁の森信親長官が講演で「対象になるのは1%しかない」と証券業界に対する批判ともとれる発言をしたこともあり、最終的には120商品ほどでスタートすることが決まっている。これらの商品は販売手数料がゼロで、投資信託の信託報酬も平均0・27%と低く抑えられており、しかも利益は非課税であるのだから、通常の投資信託と比べても利益を最大限受け取ることができそうだ。

 

 一方の「iDeCo」は確定拠出年金という名前のとおり、あくまで個人年金の一種だ。そのため投資をして得た利益が非課税になるといっても、NISAとは大きく異なる点がある。最も大きいのは、iDeCoの加入資格は60歳未満の人に限られているという点だ。すでに60歳を超えているなら、iDeCoを利用するという選択肢自体がない。

 

 さらにiDeCoは年金制度であるため、金融商品の売買はできても、原則的に60歳になるまで払い出しができない。NISAのように好きなタイミングで現金化できないことは、iDeCoの大きな特徴だろう。

 

 ただし60歳まで払い出しできないかわりに、iDeCoにはNISAのような非課税期間の上限がない。投資した元手が60歳までにどれだけ巨額の利益を生んでも、すべてが非課税だ。少しずつしか儲けが出ない投資であっても、60歳までの長い時間があれば大きな利益を生むこともあり得る。こうした特徴から、iDeCoを始めるなら早ければ早いほうがよいと言う専門家も多い。

 

さ らにiDeCoには、NISAにない年金制度としての税優遇もある。払い込んだ掛金は、全額が所得から控除される。自分の老後のために積み立てたお金が、現在の税金から差し引かれることになる。また年金として受け取る時には、公的年金等控除として一定額を所得から控除でき、一時金として受け取っても退職所得として所得控除を受けられる。投資益への非課税措置と合わせて、3つの税優遇がiDeCoにはあるわけだ。

 

税優遇などを検討して最適な組み合わせを

 NISAに比べても多くの税メリットがあるiDeCoだが、投資できる額という点では物足りなさを感じるかもしれない。月ごとの拠出上限額は、給与所得者か専業主婦か自営業者か、他の年金制度に加入しているかなどによって大きく変わる。自営業者であれば年間81万6千円と、NISAに比べても見劣りしないが、給与を得ている経営者であれば多くても年間27万6千円とかなり少なくなる。もちろん多額を投資すればよいというものではないが、元手が少ない分だけリターンも少なくなるため、短期間では多額の利益を出しにくい構造となっている。

 

 少し別の視点から見ると、企業として同制度に加入し、従業員の掛金を負担するケースも考えられる。将来の給付額が決まっている従来の確定給付型の企業年金では、積立金の運用に失敗するなどで給付額を確保できなくなれば、会社がその差額を補てんする義務がある。常に経営上のリスクを抱えている状態となるわけだ。その点iDeCoならば、会社は月ごとの決まった掛金を拠出してしまえば、後の投資運用は個人の責任となる。運用結果に責任を持たずに済み、長期的な補てんリスクに備えなくてもよい。会社が負担した掛金はすべて損金に算入することができるため、利益圧縮にも使える。

 

 その他のNISAとiDeCoの違いとしては、NISAは通常の株式投資と同様に個別銘柄での売買ができるのに比べて、iDeCoは証券会社が選んだメニューのなかからしか金融商品を選べない点なども挙げられる。

 

 両者はともに投資で得た利益が非課税になるという点では共通するが、税優遇の期間や内容などには多くの違いがある。どちらがより老後資産の形成に適しているかは自身の状況によって変わるが、最も大きな判断要素としては「年齢」が挙げられるだろう。

 

 前述のとおり、iDeCoには60歳まで払い出しができない一方で、非課税期間に制限がないという利点がある。非課税期間が最も長いつみたてNISAが20年であることを考えると、20年を超える投資を行うならiDeCoが有利だと言える。しかし、年ごとの投資上限額を考えれば、自営業者を除き、つみたてNISAのほうが多く拠出できる。投資期間が20年を超えないのであれば、投資上限が高く、途中の払い出しもできるつみたてNISAのほうが、自由度は高いだろう。こうした両者の特徴を踏まえると、60歳から20年の投資期間を差し引いた40歳が投資開始時期のひとつの目安となりそうだ。

 

 ただし前述したように、個別銘柄を買えるNISAと用意された金融商品しか選べないiDeCoといった違いもあり、両者の収益性を同一に語ることはできない。またiDeCoのみが使える所得控除などの税優遇も、手元に残る利益に影響を与えることになる。どちらか一つだけを選ばなければならないという決まりもないので、両者をバランスよく運用し、自由なタイミングで使える資産と年金資産を両立させることも可能だろう。自分がいま何歳で、何歳ごろにリタイアして老後資金が必要となるのかというライフプランによっても資産形成の計画は大きく変わってくる。必ず家族、顧問税理士、フィナンシャルプランナーなどと相談した上で、最適な手法を選ぶようにしたいところだ。

 

 最後に忘れてはならないのが、両制度ともに資産を得る手段が「投資」である以上、損失のリスクが存在するという点だ。積み立てた額以上を受け取れることが確定しているタイプの年金商品と異なるのはそこで、「自助努力」と「自己責任」とが表裏をなしていることを必ず踏まえた上で、老後の資産形成を考えたい。

(2017/11/01更新)