社会保険料に潰される!

中小事業者に迫る危機


 パートなど短時間労働者の厚生年金の加入義務が、今後は中小事業者にも広がりそうだ。現在は大手に勤める一定の人だけが対象になっている要件を段階的に緩和する方向で政府が検討に入った。事業主の負担増などから中小への適用には慎重な意見も多いなかで、経団連は「事業規模で加入要件が異なるべきではない」と政府方針を支持する姿勢を示した。現在の適用要件である「従業員数501人以上」が厚生労働省案の「50人超」に引き下がることで、中小事業主の負担は1600億円増すと試算されている。


 厚生年金保険は、法人であれば全ての事業所、または個人事業でも農林水産業以外で従業員が常時5人以上いると強制適用事業所となる。原則として適用事業所に勤める70歳未満の人は厚生年金の被保険者となるが、パートやアルバイトなどで1週間の所定労働時間および1カ月の所定労働日数が一般社員の4分の3未満なら対象から外される。

 

 ただし、所定労働時間や所定労働日数の4分の3未満であっても、表にある5要件を全て満たすと、パートなどの短時間労働者でも厚生年金の加入義務が生じることになる。

 

 パート労働者の多くが表の①から④を満たしていても、⑤の規定から外れていることで厚生年金に加入していない。政府はこの「501人以上」の壁を崩すことで、短時間労働者の加入を増やし、社会保障財政の再建を図る考えだ。

 

 厚労省では50人超を「改革の最低ライン」と主張し、さらに厚労省の設置した有識者検討会でも「企業規模などの違いによって適用の有無が異なることは不合理」として、企業規模要件を撤廃すべきとする報告書をまとめて発表している。近い将来、従業員を一人でも雇えば全ての事業主に加入義務が生じるようになる可能性も否定できない。

 

「誰が保険料を払うのか」

 経団連や日本チェーンストア協会などは厚労省と同様に企業規模による加入要件を撤廃すべきとの考えだが、一方で中小企業団体からは当然ながら猛反発の声が上がっている。

 

 日本商工会議所の三村明夫会頭は政府主催の社会保障検討会議で「規模がより小さな企業にも(厚生年金保険料を)適用すべきだという議論が大きくなっているが、誰が保険料を払うのかということを忘れて議論が先行している気がする」と、中小企業を蚊帳の外に置いて検討が進んでいることに苦言を呈した。

 

 また全国中小企業団体中央会の森洋会長も「中小企業にとって簡単にいくことではない」と、一気に改革を進めたい政府の姿勢に不快感を示した。さらに与党が開いた会合では、ホテルや旅館業者が加盟する全国生活衛生同業組合や全国スーパーマーケット協会などが「社会保険料倒産」への危機感を口にし、中小事業者への配慮を求めている。

 

 厚労省の試算によると、加入要件が「50人超」になると保険料の2分の1を払う全国の事業主の負担は1590億円増加するという。東京都の最低賃金1013円で考えると、月間90時間働いたとして月額賃金は9万117円、保険料は1万6104円になる。労働者と折半で事業主負担は8052円、年間では9万6624円。毎年10万円近くの純増負担となる計算だ。すなわちパートを10人雇っていれば約100万円、100人いれば1000万円の負担が最低でも新たに生じることになる。

 

 さらに厚生年金と連動して健康保険の保険料負担も重なる。日商では短時間労働者1人当たりの事業主負担を24万円と試算しているが、現実として十分にあり得る数字だ。「社会保険料倒産」も極めて現実味のあるシナリオとなるだろう。

 

労働時間を調整するひとも

 社会保険労務士の本間邦弘氏は「消費増税と最賃の引き上げでかつてない苦しい状況に置かれている中小事業者に、さらに社会保険料の大幅な負担増ではまさに三重苦。何らかの手当は絶対に必要。年金財源が欲しいのは分かるが中小を潰してしまっては意味がない」と保険料負担の押し付けに異論を唱える。

 

 厚労省では、適用要件が「50人超」になれば、平均手取り収入に対する年金受給額の割合を示す所得代替率は0・3%ほど増加すると推計している。だが、将来のためとはいえ、毎月の保険料の増加を快く受け入れる人ばかりとはいえない。毎年10万円の負担増はパートさんにとってやはり重荷だ。

 

 都内の社会保険労務士の一人は、「何十年も先の、しかも本当にもらえるかどうか分からない年金のために、高額な保険料を毎月支払うことを望む人ばかりではないのではないか」と予測し、「厚生年金に入らないで済むように労働時間を調整する人が出てくることもありえる」と指摘する。

 

 政府は年金改革へ早急に着手したい構えだが、全企業の99・7%を占める中小企業を相手にするだけに一筋縄ではいかないようだ。政権与党内でもこの件については一枚岩ではなく、地元企業に多くの支援者を抱える議員からは「一気に動くのは無理がある」と慎重な意見も聞かれる。現行の「501人以上」をどの段階にまで広げられるか、微妙な綱引きが展開されるだろう。

 

 政府は2022年10月からの実施とする方向で調整を進めている。中小事業者の負担軽減策を組み合わせた仕組みも考えているようだが、どこまで効果があるのかは未知数だ。

 

 平成時代は度重なる消費税の増税で「消費税倒産」の危機が多くの中小事業者に襲い掛かったが、続く令和は、これに加えて「社会保険料倒産」にも怯えなくてはならない時代になっていくかもしれない。

(2020/01/28更新)