民法改正で相続対策イチからやりなおし!?

配偶者の取り分〝激増〟

民法版の「おしどり特例」


 これまでの相続対策のあり方を一変させる民法の改正法案が、国会で審議されている。配偶者の権利拡大を柱として、遺言書の効力、遺留分の取得、法定相続人以外からの金銭請求など内容は多岐にわたる。相続分野での民法の大幅な見直しは約40年ぶりだ。さらに相続だけでなく全ての税法に関係する成人年齢の引き下げを盛り込んだ改正法も同時に成立する見込みで、これまでの制度にのっとって考えられた相続対策は、一からやり直さねばならないこともあり得る。改正民法では生前贈与や遺贈を前提とした特例もあるので自分が健在なうちに相続対策を講じてトラブルの芽を摘んでおくことが、これまで以上に重要となるだろう。


 政府はこのほど、相続制度の見直しを盛り込んだ民法の改正法案を閣議決定し、国会に提出した。森友、加計、自衛隊の日報に財務事務次官のセクハラと次から次へと問題が発生し、国会での審議は遅れに遅れてはいるものの、予定では改正法は今国会で成立した後、早ければ来年から施行される見通しだという。

 

 今回の改正法案は、1980年以来約40年ぶりとなる見直しだけあって、従来の相続制度を大きく変える内容が多数盛り込まれている。なかでも特に重要な見直しが、配偶者の権利拡大だ。

 

 改正法では、結婚して20年以上の夫婦であれば、生前贈与か遺贈された自宅や居住用の土地は、遺産分割の対象から外すことができるようになる。現行法では原則として、生前贈与された住居は遺産分割や遺留分減殺請求の対象となっていたものを、完全に配偶者だけの取り分とする。さらに分割対象から外れるということは、配偶者は自宅を得た上で、残された財産について法定相続分を取得することができるようになる。

 

 仮に妻1人子1人で、夫が妻に2千万円の家を生前贈与し、預貯金2千万円が残ったとすると、現行法では遺言などを残しておかない限り、妻は2千万円の家を贈与されているので預貯金は相続できないが、新制度では2千万円の家に加えて現金1千万円を相続できることになる。税法では婚姻期間20年を超えた夫婦に対して2000万円までの不動産贈与を無税にする「おしどり特例」があるが、配偶者の取り分が大きく増加する改正民法は民法版のおしどり特例と言えるだろう。

 

 また「配偶者居住権」制度が導入され、婚姻期間が20年に満たない夫婦もこちらは利用できる。

 

 現行法では、配偶者が遺産分割で建物を得た時に、建物の評価額が高額だと預貯金といった他の相続財産を十分に取得できない恐れがある。今の住居に住み続けるために所有権を得るものの、老後の生活資金に不安が残ってしまうわけだ。逆に預貯金を相続すると、家を失うことになってしまい、どちらにせよ生活は不安定にならざるを得ない。

 

 改正民法では、所有権が他者にあっても配偶者が住み続けることができるよう、家の価値を「所有権」と「居住権」に切り離し、配偶者はそのうち居住権のみを得れば家に住み続けられるようにする。原則として亡くなるまで権利を行使できるが、建物の譲渡や売買はできない。居住権の評価額は平均余命などを基に算出され、配偶者が高齢であるほど安くなるように設定されるという。配偶者が居住権を得ることを選択すれば、他の財産の取り分が実質的に増え、生活の安定につながると考えられる。

 

 また亡くなるまで行使できる「長期居住権」とは別に、遺産分割が終わるまでとりあえず住み続けることができる「短期居住権」も創設される。分割協議の結果、長期居住権を得るか家そのものを取得すれば、その後も住み続けることができ、居住権を手放した場合にも、次の家を探すまでは一定期間居住する権利が得られる。

 

自社株分散のリスクも

 配偶者が居住権を取得するケースは、3種類考えられる。一つは、前述の結婚20年超の特例と同様、遺贈によって得たときで、もう一つは分割協議で全員が合意したとき、そして最後が、協議がまとまらずに家庭裁判所が審判をした結果、建物の所有権を持つ者の不利益を考慮した上でなお配偶者の生活の維持のために必要だと認めたときだ。「おしどり特例」が贈与という故人の意思を前提条件としていたのに対し、こちらは死亡後の分割協議によっては、亡くなった人の意思に関係なく取得の可能性があると言える。

 

 さらに「おしどり特例」と「居住権」では大きな違いが一点あり、家がまるまる相続財産から除外される前者と異なり、後者はあくまで相続財産の一部に含まれる。居住権を選択した配偶者は、法定相続分から居住権の評価額を差し引き、残額を別の財産で取得するということになる。居住権の仕組みは、配偶者の生活を保護することが制度の目的となっている。このため20年以上連れ添ったおしどり夫婦とは制度の目的が異なる点が特徴だ。

 

 もっとも、おしどり夫婦には及ばないにしろ、居住権の導入だけでも配偶者の権利が従来に比べてはるかに向上したことに変わりはない。こうした制度見直しの背景には、2013年の最高裁決定がある。最高裁は結婚していない男女間の子の相続を、結婚している男女間の子の半分とする民法の規定を違憲と判断し、これを受けて法務省が民法規定を廃止した。その際に、自民党の保守派が法律婚夫婦への保護強化を求め、検討の結果、法律婚の相手である配偶者の権利を大幅に拡大する民法改正へと至ったわけだ。

 

 しかし配偶者の取り分が拡大するということは、言うまでもなく、それ以外の相続人の取り分がこれまでより減ることを意味する。居住権に関しては他の相続人の合意がなければ認められない可能性もあるが、特に恩恵の大きい「おしどり特例」に関しては、贈与した本人と、された配偶者の2人さえ納得していれば、他の相続人の意思が挟まる余地はない。

 

 そうした点を踏まえると、当然ながら家族間での相続トラブルが増える可能性がある。相続人全員が合意の上で新制度が利用されるのなら言うことはない。しかし、こと金銭に関しては、家族の間柄であっても簡単に同意を得られないことも大いにあり得る。新たな仕組みが定着すれば「そういうものだ」と納得できるかもしれないが、制度変更してしばらくのうちは、「予想よりもらえる分が減った」と考える相続人がいてもおかしくはないだろう。

 

 資産家ともなれば、自宅の評価額が数億円になることもあり、特例を使うことで相続人間のバランスを大きく崩す可能性は十分に考えられる。そうなれば、「母親に家をやるのであれば、それ以外の財産を多くもらえるよう遺言を書いてくれ」と迫る子が出る可能性もある。さらに大きな問題として、後継者への自社株の集中が崩される可能性もゼロではない。

 

 現在の相続制度では、企業経営者に相続が発生した時には、配偶者に家を渡し、後継者である子に自社株を渡し、それ以外の子については有価証券など他の財産を渡すという分割手法を採用するケースが多い。しかし民法改正によって、相続財産のうち大きな割合を占める家が除外されると、それ以外の財産を全員で分けなければならず、結果として後継者に十分な自社株を渡せない可能性が出てくるわけだ。

 

 もちろん代償分割などの手法を使い、自社株以外の財産を渡せれば問題はない。また今回の民法改正では、遺留分として請求できるのは自社株などの現物ではなく金銭債権とするよう改められるため、自社株へ影響が及ぶ可能性は従来に比べて減ったかもしれない。

 

社長の舵取りが重要

 それでも民法改正によって後継者の取り分が減った結果、手元に遺留分を払えるだけの現金がなければ意味はない。配偶者の取り分増加は、他の相続人の取り分減少を意味し、ひいては後継者の自社株を脅かすリスクへと変わる。特に配偶者や後継者、他の相続人たちの折り合いが良くない家族では、この点が大きなトラブルとなる可能性がある。

 

 相続トラブルを排除するためには、何よりも生前に、全員の了承を得ておくことが求められる。妻におしどり特例を利用して贈与を行うのであれば、それについて他の相続人にも説明しておきたい。納得してもらえれば、死後のトラブルは避けられるだろう。もし子が他の財産を多く求めてきて、その要求に応じたいと思うなら、配偶者に対しての説明と配慮が必要になる。特に自社株については、後継者の経営権が揺るがないよう万全の対策をし、さらに受取人固有の財産となる生命保険金等を利用して後継者に一定の現金を残しておくことも考えたい。家族全員が不幸になる〝争族〞を防ぐため、これまで以上に生前の相続対策による舵取りが経営者には求められるわけだ。

 

 今回の民法改正では、他にも相続に影響を与える見直しが盛り込まれている。その一つが介護などで貢献した親族への金銭要求の権利の導入だ。長男の嫁など法定相続人でないひとであっても、生前に介護などで特段の貢献をしたと認められれば、遺産分割の際に一定の金銭を「特別寄与料」として要求できるようになる。

 

 これまでも、法定相続分以上に何らかの縁があったことを取り分に反映できる「寄与分」の制度があったが、対象はあくまで相続人だけだった。新たに導入される特別寄与料は、この寄与分の対象範囲を法定相続人以外の親族にも広げるものだ。具体的に貢献度がどう評価されるかは「寄与の時期、方法および程度、相続財産の額その他一切の事情を考慮」して家庭裁判所が決定するとあるのみで、詳細は不明だ。従来の寄与分にならって言えば、介護費用や生活費補助など実際に負担した実費計算が原則となるだろう。介護をすることで減った本業の収入の証明は難しいため、どこまで評価されるかは不透明だ。

 

 また今国会には、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられる改正法も提出されている。あらゆる民法や税法にも関係してくる話だが、こと相続に限って言えば、20歳を境界線にしている相続税の未成年者控除や相続時精算課税が関わってくる。

 

 約40年ぶりだけあって民法改正の範囲は広く、相続にも大きな影響を与えることが予想される。施行は最速で来年なので、すでに目の前まで迫っている。万全の相続対策を講じているという人でも、法改正によってプランに修正の必要が生じないか、あらためて再確認する必要があるだろう。遺産分割のバランスが変わることを踏まえ、場合によっては一からやり直すことも考えなければならない。相続が争族となってしまわないよう、しっかり本人が舵取りしていきたい。

(2018/06/04更新)