富裕層の節税スキームにフタ

税制改正法成立で


 2020年度税制改正関連法が成立した。新型コロナウイルスの流行によって中小事業者の窮状が叫ばれるなか、改正大綱を決める時点では現状を予想し得なかったとはいえ、その内容は大企業を対象とした減税策が多数盛り込まれるものとなった。目玉となったのは、次世代の通信規格とされる5Gを扱う企業への税優遇と、ベンチャー企業への投資を促す税制の導入だ。


 2020年度税制改正で政府が重視したのは、大企業がため込んだ内部留保をいかに投資へ回させるかということに尽きるだろう。その軸となるのが、次世代通信規格「5G」の整備に取り組む企業の法人税減税だ。

 

 投資額の一部を法人税から差し引くもので、構想当初は税額控除の割合を投資額の5%と想定していたが、首相の意向で15%に引き上げた。安倍首相は昨年12月の大綱決定に当たっては、「5Gは安全保障をはじめ、社会のあらゆる分野で大きな影響力を与える」と述べ、価格競争力のある中国製の5G機器に対抗できるよう税制を整備することが重要だと強調した。

 

 さらに今回の税制改正法では、ベンチャー企業に投資した企業の法人税を軽減する「オープンイノベーション税制」を創設した。内部留保を使ってベンチャー企業に投資することで、オープンイノベーションと呼ばれる会社の壁を越えた技術開発を促し、ベンチャー企業の成長を後押しすることが目的だ。

 

 大企業が設立10年未満の非上場ベンチャー企業に対し1億円以上出資した場合、株式取得価格の25%相当を投資した企業の所得から控除するもの。今年4月から22年3月末までの出資に適用する。

 

 海外のスタートアップに出資する場合は5億円以上の出資額を条件とし、出資を受けるベンチャー企業は設立後10年以内で大企業のグループに属さない未上場が対象となる。出資する企業は少なくとも5年間は出資先の株を保有するという条件が付いている。

 

 経済産業省の認定を受けたベンチャーのみを対象とする方針で、中小企業の場合は1千万円以上が出資の要件となってはいるが、この情勢下でベンチャー企業に出資できる余裕のある中小企業がどれほどあるだろうか。

 

 ともあれ、この2つの税制によって、企業から得る法人税収は約280億円の減収を見込む。政府はこの税収減を、大企業を対象とした交際費税制の規制によって賄うとしている。

 

 企業による接待交際は企業活動上不可欠との見方がある一方で、その効果が確認しづらいことから損金算入ルールは不要との声が、これまでにもあった。そこで法人税の代替財源として、現行制度では大企業は飲食費のうち50%、中小企業は800万円または飲食費のうち50%までを損金に算入できるところを、資本金100億円超の大企業に限り、交際費の損金算入枠を廃止することになった。

 

不動産節税にメス

 もっとも、国税庁が公表した会社標本調査によると、資本金等1億円超の黒字大企業が1年間に使う交際費は1社当たり約3750万円。そのうち600万円ほどが損金に算入されていて、今回の規制によって増える税収は約140億円と目され、減収となる280億円には到底届かない。

 

 他にも、たばこ税の増税などで全体としては税収増を見込むというが、新型コロナウイルスの流行によって経済全体が深刻な打撃を受けた現在、その見込みは外れたと言わざるを得ないだろう。

 

 そもそも企業交際の意義自体を問うというのであれば、将来的には中小企業の交際費が制限される可能性も否定できない。たとえ今回の見直しが超の付く大企業のみを対象とした規制であっても、中小企業としては不安を感じざるを得ない。

 

 次に個人向けの税制に目を向けてみれば、相続などをきっかけに所有者が分からなくなっている、いわゆる「所有者不明土地」について、所有者にかわって現在の利用者に固定資産税を課せるようになった。その代わり、利用する当てのない土地については、売却時にかかる譲渡所得税を減らす見直しも盛り込まれた。使うあてもなく放置されている土地を市場に流通させ、再利用を促すのが狙いとなっている。

 

 不動産関連では、国外の築古不動産を購入して多額の損失を作り、国内所得と相殺する節税策が横行していたことから、海外不動産から出る減価償却の赤字は国内所得と通算できないようになった。税金の使途をチェックする会計検査院が数年前から是正を求めていたものだ。

 

 またアパートなどを買った年に金売買などで消費税の課税取引の割合を増やし、多額の還付金を受け取る節税スキームについても、税額控除を認めない見直しが講じられている。

 

求められるコロナ減税

 国外不動産投資と金売買スキーム、どちらも富裕層の間で流行していた節税策にフタをした形だ。その他、一定以上の資産を持つ人に提出を義務付けた国外財産調書について、入出金記録などの保存を義務付ける見直しなど、富裕層の資産管理に目を光らせる改正が盛り込まれた。

 

 もっとも、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっている現状を振り返れば、とても節税などをしている余裕などないというのが経営者の偽らざる心境だろう。2020年度税制改正では企業の投資を促す見直しが多数並んだが、あらゆる中小企業が、投資どころか事業存続に全神経を集中させている状況だ。

 

 すでに政府は各税目で、新型コロナウイルスによって影響を受けている中小企業に対する税優遇を検討し始めているが、求められているのは「状況の変化と実態に即した、前例にとらわれない対応」(神津信一日本税理士会連合会長)だ。

 

 終息の時期がいつになるかも見えないなかで、閉塞した社会の雰囲気を打破するためにも、税制面からの大胆な措置を、政府には検討してもらいたい。

(2020/06/03更新)