内田裕也・樹木希林夫妻から学ぶ

別居婚税務


リクルート「ゼクシィ」のCMより
リクルート「ゼクシィ」のCMより

 ロック歌手で俳優の内田裕也さんが、妻で女優の樹木希林さんの死去からおよそ半年後の3月17日、肺炎のため死去した。内田さんと樹木さんと言えば、夫婦関係を45年続けながらも、結婚の1年半後からずっと別居状態の〝結婚生活〞を送っていたことでも知られる。だが生活は別々でも、相続対策では連携がとれていたようだ。樹木さんは都内に8つの不動産物件を持っていたが、内田さんは樹木さんの死後、それらの物件を相続しなかったという。内田・樹木夫婦の対策を通じて別居婚税務について学びたい。


 内田裕也さんは音楽活動や映画出演に加え、東京都知事選への出馬など、世間に様々な話題を提供してきた。私生活では、大麻取締法や銃刀法の違反で逮捕されるなどのトラブルがあった他、女優の樹木希林さんとの特殊な夫婦関係が注目されてきた。

 

 内田さんと樹木さんは1973年に結婚したが、そのわずか1年半後には別居。そして婚姻関係は樹木さんが亡くなる2018年9月まで続いた。1981年には内田さんが離婚届を提出したものの、婚姻関係の継続を望む樹木さんが離婚の無効を訴える裁判を起こして勝訴している。樹木さんは別居しながらも婚姻関係を続けた理由について、内田さんが破天荒な性格であることを踏まえ、「自分がいることで一線を越えさせないようにしている」とインタビューで語っている。

 

 樹木さんは資産形成に対する意識が強く、都内に戸建て住宅とマンションを合わせて8物件保有していたという。資産は現金で持つより不動産で持つ方が相続税の計算の際の相続税評価額を抑えられるため、自分が他界したあとに残される人の税負担軽減を意識して、現金を不動産に替えたと見られる。

 

死後を見据えた相続税対策

 そして一部報道によると、内田さんは樹木さんの相続を放棄したとされている。少なくとも樹木さんが都内に保有していた8つの不動産物件に関しては内田さん名義にはならなかったそうだ。これは子どもの税負担を大幅に軽減することを考えた樹木さんの意思を尊重し、内田さんが財産の受け取りを放棄したものと見られる。

 

 仮に法定相続に沿った遺産分割をしていれば、内田さんに樹木さんの財産の半分がわたる。その時点で課税されるとともに、さらに今回の内田さんの相続で子どもが同じ財産に課税されることになる。しかし内田さんの相続放棄によって樹木さんの相続財産の全てを子どもが受け取れたとすれば、相続の回数が減る分、税負担も軽くなったわけだ。

 

 なお、法律上の夫婦の間の相続なら、たとえ別居をしていても1億6千万円まで無税になる特例を適用できるため、内田さんに相続税が掛けられるのはそれ以上の財産がある場合に限られるということになる。

 

 また、樹木さんと内田さんのように夫婦が立て続けに死亡するというケースでは、相続税の負担を軽減する制度が適用される。同じ財産に短い期間に複数回相続税が課される税負担を緩和する制度で、最初の相続から10年以内に再び相続が発生したときには、2度目の相続にかかる税金を一定額まで差し引ける。

 

 この制度による軽減額は、最初の相続での配偶者の取得額や相続財産全体の額によって変わるが、おおむね1度目の相続と2度目の相続の間隔が短いほど多く差し引ける仕組みとなっている。

 

 内田さんが提出した離婚届は樹木さんが提起した裁判で無効となったが、仮に裁判で認められずに離婚が成立し、樹木さんが子どもの親権を得ていたとする。婚姻関係を解消した内田さんは別の人と再婚することも可能となり、そうなれば内田さんの相続財産の半分が再婚相手のものとなる可能性があった。その再婚相手が死亡しても樹木さんの子どもにその分の財産は受け継がれない。だが現実には法律婚を継続していたので、内田さんの財産は最終的に子どもが全て引き継ぐことが可能となった。すなわち子どもが両親の全財産を引き継ぐには法律婚の継続が有効と言える。

 

別居でも法律婚を継続

 ここまでは相続税について考えてきたが、別居をしても婚姻関係を継続することで所得税の税制優遇の対象にもなり得る。代表的なものが配偶者控除や配偶者特別控除だ。年間所得が一定額以下の配偶者がいる納税者は、配偶者控除や配偶者特別控除により、所得から最大38万円(配偶者が70歳以上なら上限は48万円)を差し引ける。また配偶者が障害者なら、配偶者控除に加え、障害者控除も重ねて適用することが可能となる。これらの控除制度は法律上の婚姻関係がなければ使えず、過去に婚姻関係があった者や事実婚の相手では対象外となる。

 

 配偶者控除や配偶者特別控除を適用するには、配偶者と「生計を一にする」という条件を満たす必要がある。その言葉からは「同じ屋根の下で生活を共にする人」をイメージするが、必ずしも同居が求められるわけではない。例えば仕事や療養などの都合で日常生活を共にせずに別居していても、週末は生活を共にしているケースや、夫婦間で常に生活費や療養費などの送金が行われている場合には「生計を一にする」とされる。この扱いは医療費控除や雑損控除でも同様だ。

 

 注意しなければならないのは、内田・樹木夫妻のように明らかに互いに独立した生活を営んでいれば、「生計を一にする」とはいえないということだ。そもそも夫妻にはそれぞれ一定額以上の所得があったため、仮に生活を共にしていても配偶者控除の対象外だったといえる。

 

 別居しているからといって夫婦に認められた税優遇を諦める必要はない。税制上は法律婚が継続していれば基本的に税優遇の対象となる。一方、同性婚などの事実婚は優遇の対象外になるという問題にも目を向ける必要がありそうだ。

(2019/05/10更新)