人気の相続税対策にフタ

不意打ちの持ち戻しルール導入

教育資金贈与の非課税特例


 2019年度税制改正大綱に、子や孫への教育資金の一括贈与が非課税になる「教育資金贈与の非課税特例」の見直しが盛り込まれた。発表前から、一定の所得制限が設けられることになると予想されてはいたが、その一方でほとんど何の前情報もなく大綱に盛り込まれたのが「持ち戻し」ルールの導入だ。いわば〝不意打ち〞で導入されたこの見直しこそが、教育資金贈与特例の最大の特徴に深く関わり、同特例を利用した相続税対策に大きな影響を与えることとなる。リッチ層の支持を得て1兆4千億円超の財産が動いてきた相続税対策は、今後どうなっていくのか。


特例利用の贈与は1.4兆円超

 昨年12月21日に閣議決定した2019年度の税制改正大綱では、「教育資金贈与の特例」について、大きく分けて3点の見直しが図られた。それは、①贈与を受ける側に年収要件を設け、贈与を受ける年の所得合計金額が1000万円を超えるときは非課税の対象外となる、②教育資金の用途を縮小し、贈与を受けた側が23歳以上であれば、学費や限定された教育訓練費以外の費用は非課税の対象外となる、③贈与を受けた側が23歳以上で、学校等に在学せず何ら教育訓練も受講していない時には、贈与して3年以内に父母や祖父母など贈与側が死亡すれば贈与財産は相続税の対象となる――というものだ。

 

 教育資金贈与の特例はもともと、子どもの学費負担などにかかる経済的不安から若年層が結婚や出産に尻込みして少子化が進んでいるとして、若年層への資産移転を促す目的で13年に導入された。30歳未満の子や孫を対象として、教育資金として使うのであれば受贈者一人当たり1500万円までの一括贈与について贈与税を非課税にする特例で、利用件数は制度開始以来伸び続け、これまでに累計20万件、約1兆4000億円が同特例によって贈与されている。

 

 しかし、子や孫の数だけ1500万円ずつを非課税で財産移転できることや、教育を受け終わった社会人でも贈与を受けられてしまうことなどから、「世代を越えた格差固定につながる」との反発の声もあり、今回の見直しに踏み切った経緯がある。

 

 税制改正に向け、制度そのものの廃止も含めて検討が始まったが、与党税調の議論では、今年3月末となっていた期限は当面延長した上で制度を縮減するという方向性が決まった。縮減の内容として具体的に挙げられたのは、受贈者側の所得制限、非課税枠の縮小、用途の制限、30歳となっていた年齢上限の引き下げなどだった。実際には、そのうちの一つである「受贈者に1000万円の所得制限を設ける」「23歳以上の受贈者は用途を限定する」という案が実現したことになる。なお特例の期限は2年延長され、21年3月末までの贈与が対象となった。

 

 ところが、具体的に挙がっていた非課税枠の縮小などが見送られる一方で、事前の報道などではほぼ挙がることのなかった内容が盛り込まれた。それが「3年以内の持ち戻しルール」の導入だ。事前にほとんど予想されていなかったことに加えて、「そこだけは触ってほしくなかったという部分に、手が入った」(資産税に詳しい都内の税理士)という内容だったことから、発表された大綱は各方面に衝撃を与えることとなった。

 

教育資金特例の最大の「強み」

 「贈与後3年以内の相続について、贈与資金を相続財産に持ち戻す」という見直しが、なぜ衝撃なのか。

 

 そもそも、財産を引き継ぐには大きく分けて相続と生前贈与の2種類があり、ケースバイケースではあるものの、概して贈与のほうが、税負担がトータルで少なくなる傾向にある。税負担だけを考えれば計画的に生前贈与を行ったほうが得だが、実際には本人が元気なうちは財産の引き継ぎについて真剣に検討しないこともあり、健康に何らかの問題が生じてから贈与を実行する人も多い。

 

 そうした生前の〝駆け込み贈与〞によって税収が減ることに一定の歯止めをかけるため、相続税法では原則として、「相続発生前3年以内の生前贈与については、相続財産として扱う」という規定が設けられている。今回の税制改正で、教育資金特例に導入されたルールとほぼ同じものだ。

 

 つまり逆に言えば、「3年持ち戻し」のルールが適用されない数少ない例外が、これまでの教育資金贈与の特例だったというわけだ。特例を使えば、余命数カ月の段階であっても、まとまった財産を非課税で引き継がせることが可能となる。この特徴こそが同特例の最大の強みであり、「資産家の駆け込みの相続税対策に多く使われてきた」(前出の税理士)理由でもあった。

 

 教育資金贈与とほぼ同時期に導入された類似の制度として、結婚・出産・育児資金の贈与特例がある。こちらの特例は1000万円までを非課税にするものだが、開始から約3年経っても利用実績はトータルで159億円と、なんと教育資金特例の1%ほどにとどまっている。資金の用途が異なることや非課税枠の違いなどはあるが、両者の人気の違いを分けた最大の理由はなんといっても、教育資金特例は3年持ち戻しルールが適用されないのに比べ、結婚・出産・育児資金の特例は持ち戻しの対象だという点に尽きるだろう。

 

非課税対象の教育費用の範囲は?

 今回の改正内容は、今年4月1日以後に発生した相続について反映される。3年持ち戻しルールの対象となった以上は、これまでのように相続発生の直前に30歳未満の孫全員に1500万円ずつを贈与して相続財産を圧縮するような相続税対策ができなくなる。今後は通常の贈与を使った対策と同様に、時間をかけた計画的な生前贈与が肝心だといえるだろう。

 

 もちろん縮減されたとはいえ、通常の贈与に比べて1500万円というまとまった額を非課税で渡せる強みに変わりはない。また子や孫が23歳未満か、23歳以上であっても学校等に在学するか教育訓練給付金の対象となる訓練を受講していれば、持ち戻しはされない。これは変わらぬ大きな強みと言っていいだろう。

 

 そして特例を今後もうまく活用するためには、改正で盛り込まれた新たな規定についてしっかり押さえておく必要がある。

 

 まず4月以降は、贈与を受ける側が所得1000万円超であれば、非課税特例が使えなくなる。もっとも条件は「贈与を受ける年の前年の所得」であるため、特例を利用するためにあえて所得を一時的に抑えるというやり方は可能だろう。

 

 次に所得条件をクリアしても、今年7月から23歳以上の受贈者は、文科省が認定する学校等か、教育訓練給付金の対象となる訓練の受講料以外は、非課税の対象外となってしまう。これは3年持ち戻しのルールの適用条件でもあるため、特に重要な部分だ。23歳とは贈与時点での年齢ではなく、教育資金を実際に使う時の年齢となる。

 

 ここでいう「学校等」とは学校教育法上で定められている施設のことで、幼稚園、中学校、高校、大学、大学院、保育所、認定こども園、インターナショナルスクールなどが該当する。認可外保育施設やベビーシッターでも対象となるものもあるが、それぞれ個別に市区町村などが認定しているため、確認が必要だろう。また教育訓練給付金の対象となる訓練とは、税理士、社労士、医療事務、保育士などの職業訓練の専門学校などが該当し、仕事に直結する多くの講座が対象となっている。

 

 今回の税制改正では、プラスの見直しも盛り込まれている。これまでは特例による非課税期間を受贈者が30歳に達するまでと限定していたが、今年7月以降は、受贈者が学校等や教育訓練を受けている場合にかぎり、40歳まで非課税措置を延長することとなった。相続税対策としてではなく純粋に教育資金として使う分には要件を緩和するということのようだ。ただしこの見直しについては、受贈者が30歳を超えても一定条件下で期間を延長するものであるため、31〜40歳の子や孫に新たに特例を利用した贈与ができるわけではないことに留意したい。

 

 子や孫を思う心に差はないはずだが、新たに導入された所得制限は、いわば金持ち狙い撃ちとも言える見直しだ。またしても「取りやすいところから取る」という政府の姿勢があらわになった形だが、制限のなかでも制度をうまく活用することで、相続財産を減らしつつ次世代に明るい将来への道を開くことはできる。税理士など専門家と相談の上で、自身と家族のライフプランに合った活用法を探していきたい。

(2019/03/04更新)