事業承継税制〝第3の矢〟

M&Aにも税優遇を!

経産省が特例創設を要望


 政府が年末にまとめる2020年度税制改正大綱に向け、事業譲渡にかかる税負担を猶予する「M&A版・事業承継税制」の創設を経済産業省が要望している。後継者難からの休廃業の増加を受け、国は18年度には法人向けに、19年度には個人事業者向けに、事業承継にかかる税負担を実質免除する特例を導入してきたが、それに続く〝第3の矢〞となるものだ。後継者を見つけられない経営者が増えるなか、M&Aを承継支援の柱にしようとする国の動きが進んでいる。


 中小事業者の承継にかかる税優遇といえば、2009年に創設された「事業承継税制」がまず思い浮かぶ。事業承継に当たっては、自社株の引き継ぎに課される贈与税や相続税の負担が承継のハードルとなっていたことから、税負担の一部を猶予して承継を促すのが制度の狙いだった。適用要件が厳しいこともあって利用件数は伸び悩んだが、その後も細かい要件緩和を繰り返し、とうとう18年度税制改正では全自社株について税負担を完全免除する「新特例」が10年間の時限措置として導入され、制度の利用を検討する企業が増えている。

 

 さらに翌19年度には、同じ内容の税優遇を個人事業者の承継についても適用する「個人事業者版・事業承継税制」が創設された。こちらも10年間の期限付きの特例で、自社株ではなく建物や設備といった事業用資産の引き継ぎについて、贈与税や相続税を実質免除する内容だ。事業承継計画を作成し、税理士などプロの支援機関のサポートを得ることが条件となっているのも、法人版の事業承継税制と同様だ。

 

 そして今年末にまとめる20年度税制改正大綱に向け、経済産業省が事業承継税制の〝第3の矢〞とも言うべき制度の創設を要望している。

 

株式譲渡が無税に?

 第三者への事業承継については、すでに法人版の事業承継税制で税優遇の対象となっているが、それはいわゆる親族外承継を想定したものだった。息子が会社を引き継がないため、会社の役員や従業員から後継者を選ぶようなケースが対象だったが、今回経産省が要望しているのは、M&Aによる事業譲渡であるという点がはっきり異なる。

 

 経産省は要望のなかで、過去の法人版、個人事業者版の事業承継税制について「後継者が存在する中小企業の事業承継の後押しについて有効な措置」としながら、「後継者不在の中小企業は活用することができない」と制度の問題点を指摘した。

 

 そして60代の社長が経営する中小企業では後継者不在率が5割を超えているというデータを踏まえ、後継者不在の経営者が承継を考える上で「株式譲渡や事業譲渡等のM&Aを行う第三者による事業承継を促進することが必要」だと主張している。

 

 その具体的な施策については「事業承継がより活発に行われるインセンティブ」としか説明されていないが、要望に書かれているような、所得税と法人税の優遇であること、10年間の時限措置としていること、M&A承継の際にかかる「課税負担を軽減する」措置であることから、法人版、個人事業者版の事業承継税制に類似した制度となることは確実だろう。経産省が要望しているのは、自社株の譲渡や事業譲渡の際に課される税負担を猶予する「M&A版・事業承継税制」であることはほぼ疑いようがない。

 

 経産省は過去にM&Aが行われた事例では「多くが販路拡大や利益向上といった成果を実現できている」として、地域経済の活性化や雇用の維持のためにもM&A承継の推進が欠かせないと訴えている。

 

 今回の「M&A版・事業承継税制」は、経産省単独の要望ではない。経産省が主務官庁ではあるが、国土交通省、厚生労働省、農林水産省との共同要望となっている。つまりM&Aによる事業承継を推進しようという動きは、行政府の一致した方針でもあるということだ。

 

 かつては事業承継支援といえば後継者探しと育成に主眼が置かれていたが、数年前から状況が変わりつつある。17年に経産省がまとめた「事業承継5ヶ年計画」では、後継者育成を差し置いて、中小企業が利用できるM&A市場の育成や地域の事業統合支援などが柱に据えられた。今年に入ってからも、中小企業への融資に保証を提供する信用保証協会が、事業引き継ぎ支援センターと連携して後継者の見つからない中小事業者についてのデータを共有する取り組みを開始するなど、中小M&Aを推進するための動きが活発化している。

 

M&A推進は国の〝方針〟

 昨年12月にみずほ情報総研が行った調査によれば、M&Aを含む社外承継が行われたのは全体の16・5%に過ぎず、第一候補は45・1%を占める親子承継であることが明らかになっている。しかしそれでも、国の中小企業支援施策が後継者育成からM&Aへと重心を移しつつあるのは、今後さらに進む少子化と地方からの人口流出を見据えたときに、これまで一般的だった親から子への事業承継を国が〝断念〞しつつある姿勢の表れと言えるのかもしれない。

 

 経産省が企業のM&A承継に関する税優遇の創設を要望するのは今回が初めてではない。2年前の18年度改正への要望でも、経産省は事業承継促進のため、中小企業が他の会社や親族外経営者などに株式や事業を売却した際に、売却益にかかる所得税や登録免許税などを軽減する特例の創設を求めていた。大綱には盛り込まれなかったが、その年の税制改正では法人版の新特例が導入され、翌19年度には個人版の税優遇が設けられた。

 

 国が総力を挙げて中小企業の世代交代を推進するなか、今年こそ「M&A版・事業承継税制」が実現するのか、年末に向けた議論に注目したい。

(2019/11/01更新)