中小に迫る罰則付き義務

加速する税申告の電子化


 行政手続きのデジタル化が急ピッチで推進されるなか、電子申告義務化や徴税強化に向けた動きが目立ってきた。政府の専門家会議では電子化によらない申告へのペナルティー適用拡大のほか、マイナンバーを活用した所得監視が検討課題として議論されている。所得税での罰則がスタートし、大企業の電子申告が義務化され、外堀は埋まった感がある。そして中小事業者の電子申告の全面義務化も間近に迫っている。


 「中小事業者の電子申告についても100%達成の目標年次を決めて、その時点まで必要な支援策を講じるが、その後は電子化しない場合のペナルティーというか、何らかの負荷を加えることが必要ではないか」

 

 政府税制調査会の専門家会合で政策研究大学院大学の太田弘子特別教授は、電子手続きによる税務申告が中小事業者にも適用された際に罰則が必要であるとの考えを示した。

 

 すでに大企業は2020年4月からイータックスなどを利用した電子申告が義務化されているが、政府税調の会合では中小事業者への拡大もそう遠くないものという認識のもと、議論が進んでいるようだ。現在、大企業は正当な理由なく紙で申告した場合は「無申告として取り扱う」とされ、電子申告するまで追徴加算額がかけられることになっている。

 

 菅政権のもとで進められる社会基盤のデジタル化については納税者が享受できる一定のメリットも期待されているが、一方で中小事業者に対するこうした動きも見逃すわけにはいかない。特に、税務・会計の電子化に向けた会合での発言は注視していく必要があるだろう。

 

マイナンバーで所得捕捉を強化

 そもそも国が想定する会計・税務のデジタル化は、事業者が日々の記帳を会計ソフトで行い、そのデータを基に電子申告するというものだ。そのうえで財務省は法人税の電子申告利用率を100%に引き上げることに狙いを定めている。今後、デジタル化に対応していない事業者は、罰則強化や、税優遇の対象から外されることも想定される。

 

 電子化に対応しない場合の罰則は、所得税ではすでに設けられている。電子申告をしなかった事業者の控除額を減らすという方式で、20年分の確定申告からスタートする。個人事業主が税務申告の際に電子申告を使えば「青色申告特別控除」の控除枠が10万円上乗せされるようになるが、一方で青色申告特別控除の基礎額が一律10万円引き下げられているため、実質的には紙での申告を続ける事業者に対する10万円のペナルティーとなっている。

 

 この罰則方式が法人税でも適用される可能性は十分にある。現状で検討されているのは、複式簿記で経理をした事業者へのインセンティブを電子化の普及に利用することだ。白色申告を「廃止もしくは例外的な措置」と位置づけ、70年間にわたって適用されてきた青色申告者向けの控除を白紙に戻し、電子化に対応した事業者にだけインセンティブを認めるという。

 

 デジタル化の進展により、納税者の所得情報は課税当局によってこれまで以上に正確に捕捉されるようになる。そこで〝活躍〟が期待されているのが国民一人ひとりに割り当てたマイナンバーだ。専門家会合では、「マイナンバー制度を活用した正確な所得捕捉に基づく課税制度の構築が重要」(神津里季生・日本労働組合総連合会会長)といった意見が上がるなど、マイナンバーの活用機会の拡充が課題となっている。

 

 マイナンバーについては、制度の目的のひとつである「公平・公正な社会の実現」に向け、税逃れなどの防止に役立つことが期待されるが、一方で過度な監視社会化への危惧も国民には依然として根強くある。

 

「コロナ禍はデジタル化のチャンス」

 今後、社会のデジタル化は否応なく急速に進んでいく。当然、税務・会計分野も例外ではなく、会計ソフトによる記帳やイータックスを使った申告が当たり前になっていく。また、取引を自動的に取り込んで仕訳するクラウドソフトもさらに普及し、インターネットバンキングやクレジットカードを利用して電子データで情報を受け取ることも一般的となるだろう。

 

 そうなれば紙での申告を続ける納税者の負担は大きく増えかねない。紙でも電子でもどちらでもよいという状況と、電子申告しか認められないという状況では大きく異なる。デジタル化を進める動きが納税者の負担を大きく増やしかねない状況だ。

 

 政府税調で議論が進む中で、税務・会計の電子化に関する制度は、税制改正の重要なテーマのひとつとして盛り込まれる見通しとなっている。税務・会計の電子化によって個人や法人の所得情報が一元管理しやすくなれば徴税機能は強化されるものと考えられる。プライベート用のクレジットカードを事業にも使っている事業者は、自動取り込み機能の対象となって経理の複雑さが増すことのないように、個人用と事業用を分けて使う必要も出てくる。

 

 コロナ禍では、日本の行政のデジタル環境の脆弱さが露わになった。家庭向けのコロナ関連給付金が受給権者へ行き渡るまでに時間がかかったことなどからもデジタル化への移行は喫緊の課題ではあるが、国民生活に直結する問題だけに、やはり丁寧な議論を重ねてもらいたい。

 

 専門家会合では、委員の一人から「コロナ禍でデジタル化の必要性が高まっている状況で、納税環境の見直しを進めるチャンス」といった勇ましい意見も出たが、特に税務に関しては慎重にも慎重を期すべきだろう。

(2021/01/04更新)