まったく割に合わない選択

自殺のリスクとコストを考える

世界ワースト6位の不名誉


 自殺死亡率が世界ワースト6位――。なんとも不名誉な分析結果を厚生労働省がまとめた。2016年の年間自殺者数は警察庁の調べによると2万1897人。ピークであった03年の3万4427人から比べると3分の2に減少しているものの、それでも16年の交通事故による死亡者数(3904人)の5・6倍という高さだ。そして忘れてはならないのが、自殺者の影にはその20倍とも言われる未遂者がいるということだ。そして未遂での治療には公的医療保険が適用外になるケースも多いためリスクは高い。ここでは自殺のリスクと自殺にまつわる〝コスト〞について考えてみたい。


 厚生労働省のまとめによると、日本人10万人当たりの年間自殺者数(自殺死亡率)は19・5人で、世界で6位、アジアでは韓国に次いで2位というものだった(表)。今年3月に厚労省と警察庁がまとめたデータによると、自殺の理由の7割近くが健康問題で、経済・社会問題が2割、家庭の不和などが2割となっていた。これは自殺と断定された人のうち遺書があった75%の人につき、1人最大で3つまで動機をまとめたものだ。

 

 健康問題や家庭問題の根底に、経済的な理由があるのは想像に難くない。世界保健機関(WHO)の統計でも、世界で毎年80万人が自殺し、その75%が低中所得国で起きていると報告されている。貧困や経済理由が自殺の動機となっているのは明らかだ。

 

 借金などから家族を解放し、さらにいくばくかの財産を残そうと、自身にかけられた生命保険金をあてにして自殺を試みるケースも多い。しかし、思惑どおりにいかないのが自殺の難しいところだ。

 

10万人に19.5人

 生命保険には自殺に関する免責期間があることは知られているが、問題はその期間だ。バブル崩壊後の90年代末、自殺者が激増したことにより死亡保険金の支払額が2000億円に達した。そこで生保各社は免責期間を延長し、いまでは多くの生保会社が3年を免責期間としている。

 

 だが、ここで見落としてはならないのが、自殺に関しての免責期間の規定が法的にはないため、期限なく支払いを行わない生保会社もあるということだ。自殺者が計画段階で調べる余裕があるかどうかは分からないが、自分の一生を捨ててでも家族に保険金を残したいと思って命を絶ったのなら、まさに死に損ということになる。

 

 なお、自殺かどうかの定義について判例では「発作的な精神障害状態」にあったときは自殺には該当しないとしているが、これを保険会社に認めさせるには、やはり裁判での争いを余儀なくされることが多い。

 

 また、無事に保険金が出たとしても、自殺に関してはさまざまな支出も想定される。まず山中などでの自殺では捜索にかかる費用はばかにならない。自治体がヘリコプターを持っていないときは民間企業に外注することになるが、1日のフライトで100万円以上はざらだ。もちろん遺族に請求されることになる。そして行方不明のままでは保険金は支払われない。遭難から7年後に民法の失踪宣告が出されれば保険金が支払われるが、その間も保険料を支払い続ける必要がある。

 

 「最期の贅沢」と思ってホテルや旅館で自殺をはかる人がいるが、宿泊施設にとってこれ以上に迷惑なことはない。もしマスコミで報道されればその宿は大きなイメージダウンとなり、また現場となった部屋は二度と貸すことができなくなる。都内の高級ホテルで首を吊って自殺した人の遺族が、ホテル側から賠償金8千万円を請求された事件はいまも係争中だ。

 

 そのほか、電車への飛び込みでも損害金はとてつもない額に上る。実際のところ、地方の路線などでは鉄道会社が泣き寝入りすることも多いようだが、都内の鉄道は乗客への影響も大きく、振替輸送代なども発生するのでシビアな数字が弾きだされる。公式発表ではないが、東京の山手線を1分止めると100万円とも言われ、ラッシュ時の飛び込みで1千万円近くを請求されたケースもあった。さらに、新幹線に車で突っ込んで自殺した家族に1億4千万円の支払い請求が来たこともあった。

 

自殺未遂経験者は53万人

 これらは自殺完遂によって、遺された家族や周囲がさらなる不幸に巻き込まれた例だが、自殺未遂者は完遂者の20倍いるというのがWHOの見解だ。16年に日本財団が行った調査では、自殺未遂経験者は53万人にものぼるという。実に自殺者の26倍だ。

 

 自殺は不幸な出来事だが、自殺を完遂できなかった未遂者にはさらなる不幸が待ち受けていることが多い。公的医療保険が適用外となれば、莫大な治療費がかかる。治療後に障害が残れば障害基礎年金などは支給されるが、人工呼吸器などを外すことができなければ、その費用を払い続けることになる。

 

 2010年には、自殺を図って治療中の息子を母親が刺殺するという事件が起きた。自殺未遂から10日間で、人工呼吸器をはじめ数百万円の医療費がかかったことが事件の直接の原因となった。本件は裁判員裁判で執行猶予付きの判決が言い渡されている。自殺は社会・経済問題であり、すなわち政治の問題だ。自殺をさせない国づくりのため、有効な税金の使い方を望む。

(2017/07/02更新)