「ついうっかり」の申告ミス多発

税理士の届出忘れで大損害

所得拡大税制での失敗続出


 税理士が顧客に与えた損害をカバーする「税理士職業賠償責任保険(税賠保険)」の報告書には、申請書の提出忘れや制度の適用条件の確認漏れなど、税理士の単純なミスによる失敗の事例が並ぶ。税理士会や保険会社は再三にわたり注意喚起しているが、毎年同じような誤りが繰り返され、保険金の支払い件数は増え続ける一方だ。日ごろから全幅の信頼を寄せている顧問税理士であっても、やはり人間である以上は「ついうっかり」が起こり得る。顧問税理士と賠償責任を巡って争うのは経営者としても本意ではない。税理士が失敗した事例を参考に、経営者は間違いが起こりやすいポイントをきちんと押さえ、ミスが発生するリスクを減らすようにしたい。


 税理士が税務申告の際にミスをして、顧客から訴えられる事例が増えている。税賠保険を扱う日税連保険サービスによると、2011年には183件だった保険金の支払い件数は、16年には493件と5年で2・7倍にもなっている。毎年複雑化する税制改正の影響で全ての税目で保険金の支払いが増えている状況だ。特に消費税は221件もの保険金の支払いがあり、全体の件数を押し上げている。

 

 最近の傾向としては、所得拡大促進税制の適用漏れが5年前から加わるようになったことだ。16年度に所得拡大税制に関連して税理士が顧客に賠償金を支払ったのは44件(法人税36件、所得税8件)で、全体のほぼ1割を占める。同税制がスタートしたことが、保険金の支払い件数の増加の一因となっている。

 

 所得拡大税制に関する誤りの多くは、適用条件の確認漏れが原因となっている。税賠保険の最新の事故事例で紹介されている税理士のミスを見てみると、ある税理士は顧客である会社が平成26年に同税制の適用要件を満たさなかったことから、27年も適用できないと思い込み、制度を活用しなかった。法人税の申告書の提出後に確認したところ、条件を満たしていることが分かり、会社から損害賠償請求を受けている。

 

 所得拡大税制の適用要件が毎年のように見直されていることが、間違いを引き起こしている部分もある。適用には一定割合の賃上げをする必要があるが、その要件は29年度税制改正で見直されたばかりにもかかわらず、30年度改正でも1人当たりの平均給与増額の増加割合条件が3%(大企業は1・5%)に変更された。頻繁に見直される税制を把握しきれず、正確に税務処理できなかった税理士が多いと見られる。

 

手続き怠り特例対象にならなかったケースも

 適用条件の確認漏れではなく、手続きを怠ったことにより、所得拡大税制をはじめとした各種の税制特例の対象から外された会社もあった。

 

 新しく会社を立ち上げたA社が制度を適用するには、青色申告の承認申請書を提出しなければならなかったが、顧問税理士が届け出を忘れたことで適用が不可能となった。その状態のまま所得拡大税制の適用申請をしたところ、税務署からそもそもA社は青色申告者ではないことを告げられる。青色申告者の特典には、所得拡大税制のほか、欠損金の繰越控除や繰り戻し還付、30万円までの減価償却資産を年間300万円まで一度に損金にできる特例があり、A社はそれらの制度も適用できないこととなった。

 

 所得拡大税制が不適用となって税理士を訴える事例は5年前に登場したばかりの新顔だが、税理士の税務申告でのミスの代表格となっているのが、冒頭で触れた消費税だ。所得拡大税制のミス同様に、届出書の提出忘れなど「ついうっかり」が原因であることが多い。

 

もはやミスの〝定番〟 消費税課税方式の変更忘れ

 消費税の課税方式には、売上分の消費税から仕入分の消費税を差し引いて税額を算出する「原則課税方式」と、業種ごとに定められたみなし仕入率と売上分の消費税から算出する「簡易課税方式」があり、事業者は自社に有利な方式を選ぶことができる。

 

 設備投資などで多額の課税仕入れが発生するなら、実際の仕入れ分を税額の算出の際に反映できる原則課税方式を選択することで支払った分の還付を受けられる可能性もある。適用する方式を変更するには通常、事業年度が始まる前に税務署に届出書を提出する必要があるが、それを怠るケースが毎年報告されている。

 

 注意しなければならないのは、直近の事業年度では原則課税方式を適用していても、課税売上高が5千万円以下になると自動的に簡易課税方式に切り替わる可能性があることだ。

 

 簡易課税の適用を申請している事業者は、課税売上高が5千万円を超える期間が2期続くと、自動的に原則課税方式の適用事業者となる。この間も簡易課税の取りやめの手続きを行わないでいると、課税売上高が5千万円以下に戻った時点からは、簡易課税方式で計算しなければならない規定がある。来期に多額の設備投資の計画があって原則課税方式が有利となるなら、簡易課税方式を止めるための届出を提出しているか、確認する必要がある。

 

 課税方式の変更漏れの他に、消費税では、免税事業者と課税事業者のいずれを選ぶかという判断で誤るケースが多い。仕入れ分の消費税が売上分の消費税を上回る免税事業者は、課税事業者になれば差額の還付を受けられるにもかかわらず、税理士が届出書の提出を忘れたために還付を受けられなかったケースが毎年報告されている。

 

 また、届出書は提出したものの、書類への誤記入が原因で課税業者となれなかった会社もあった。ホテルの経営を営む新設事業者B社は、ホテル新築工事で多額の課税仕入れがあるため課税事業者になることを選択。税理士が届出書を税務署に提出したが、B社は本来、平成26年3月期の消費税で課税事業者となる必要があったにもかかわらず、税理士が誤って「平成27年3月期」と記載してしまったそうだ。

 

 税務申告の際のミスを税務署はなかったものとはしてくれない。申告に誤りがあると、本来なら納めなくていいお金まで取られることになる。税金の手続きをきちんとしておけば防げたはずのミスは多い。余計な税金をとられることのないように、経営者も税務申告の典型的なミスを押さえておく必要がある。

(2018/08/29更新)