その役員退職金

損金にできる?できない?

突発的な黒字を消したい


 会社に突発的な臨時収入があり、急いで何らかの手を打たないと法人税負担が恐ろしい額になってしまう―。そのような時に、まとまった額を損金に算入できる手段の一つとして「役員退職金」がある。課税庁は役員退職金を利益調整の手段とすることを嫌うため、損金算入には通達などによって厳しい要件が課されているものの、過去には認められた事例もあり、不可能ではない。役員退職金が損金と認められるポイントはどこか、探ってみる。


 自社の売上が何かのきっかけで急増したり、あるいは所有する不動産が高値で売却できたりと、様々な理由で予期せぬ多額の収入が生まれることがある。収入自体はもちろんうれしいが、それによって発生する法人税負担のことを考えると、喜んでばかりもいられないだろう。繰り越している赤字があれば相殺できるが、欠損金と相殺してもまだ利益が残っているなら、税負担を抑えるべく何らかの対策を考える必要が出てくる。

 

 まとまった金額を一時に支出する方法の一つが「役員退職金」だ。退職金については、高額な退職金の原資として生命保険の受給時期などを合わせることが多いが、裏を返せば、多くの黒字がある時に役員退職金を支給すれば、その原資を自力で賄えるということだ。

 

 もちろん突発的黒字を消すためだけに、経営に手腕を発揮するリーダーや、会社の功労者を辞めさせるという決断をするのは早計だ。とはいえ、そうした事態に備えて、多くの役員や顧問をあえて置いているという会社もあるようだ。

 

 役員退職金については、損金に算入できる2種類の方法が認められている。その年に退職金を全額支払う「一括支給」と、総額は決定するものの、実際の支払いは複数回に分けて行う「分割支給」だ。

 

 このうち一括支給については、当然その年の損金に算入するが、分割支給についても、実際に支払う年ごとだけでなく、支給を決めた初年度に全額を算入することも認められている。例えば突発的な黒字が発生したものの、手元資金としてはさほど残らないというケースや、資金はあるが他の使途に充てたいというケースでは、分割支給を採用して全額をその年の損金に算入した上で、役員にはそれまでの月給と同額の「退職金」を月々渡していくという方法もとれるわけだ。

 

 役員本人にしてみれば、引退したあともこれまでと同じ額を退職金として受け取れるので生活の不安がなく、会社にとっては突発的な黒字を消して税負担を抑えることができる。これが役員退職金を使った黒字相殺の一つのパターンだといえる。

 

「引退」なら分割払いもOK

 役員退職金の分割払いを損金に算入するためには、ある前提を満たしていなくてはならない。それは退職する役員が「分掌変更」ではなく、完全に「引退」しなければならないという点だ。

 

 役員への退職金というのは、完全な退職時だけでなく、社長から会長、会長から相談役といった分掌変更時にも支給することが可能だ。そして、きちんと勤務実態が変わるなどの分掌変更の実態があれば、損金にも算入できる。しかし分掌変更への退職金を損金に算入したいのなら、支給は一括でなくてはならない。

 

 国税庁が実務の指針として定める法人税法基本通達9―2―28では、役員に対する退職金の損金算入時期を、「株主総会の決議などによりその額が具体的に確定した」年か、または「退職給与を支払った」年のどちらかと定めている。しかし役員の分掌変更にかかる退職金について規定した同通達9―2―32では注釈で、「原則として、法人が未払金などに計上した」場合の未払金については損金に算入できないとしている。この未払金というのは、分割払いの退職金を指す。

 

 つまり分割払いの退職金を損金算入したいのなら、単なる分掌変更ではなく、本当に引退させなければならないわけだ。「退職金を分割払いして損金にしたいけど、まだ社長を引退したくない」という虫の良い考えは通らないことになる。

 

 不動産売買などで高額の収入が得られた1980年〜90年代のバブル期には、完全引退したとして退職金を支給しながら、実際には毎日出勤して経営に参加するという「辞めたフリ退職金」が横行したが、これが課税庁に見つかれば退職金の損金算入が否認されるだけでなく、悪質と認められれば高税率の重加算税を課される可能性もある。突発的な臨時収入は会社にとって悩みの種だが、「辞めたフリ」は危険過ぎるだろう。

 

 そこまで危ない橋を渡らなくても、分掌変更への退職金を分割支給して損金算入を認められた例は存在する。2015年2月26日に東京地裁が下した判決では、分掌変更による退職金の損金算入を否認した国税当局の主張を退け、納税者勝訴を言い渡している。

 

 この事例では、代表取締役を辞任して非常勤取締役となった役員に対して、会社が2億円を退職慰労金として設定し、分掌変更した年に7500万円、翌年に1億2500万円を支給し、それぞれの年の損金に算入した。これに対して国税当局が、分掌変更への退職金の分割払いについては原則として損金算入できないのだから、2年目の1億2500万円は、そもそも退職金として認められないと課税処分を行ったものだ。

 

 東京地裁の判決では、会社が3年にわたって分割して総額2億円以上の退職金を支払うとする計算書を作成していた事実や、それを前提として按分計算した住民税や源泉徴収分の所得税を市役所に納付していた経緯などを理由に、利益調整が目的ではなく、あくまで資金繰りに支障をきたさないよう分割支給するのは企業として当然の考えと認めた。

 

 法廷に持ち込まれる前の、国税不服審判所の裁決では、株主総会議事録や取締役会議事録が残されていないこと、2年目以降の支給時期や残額が計算書に明記されていないことを理由に納税者の訴えを退けたが、司法はそれらの要素を考慮しても「利益調整とは断定できない」と認めたわけだ。

 

 この判例から読み取れるのは、分割払いが利益調整目的ではなく、資金繰りなど経済合理性によることを説明できるかどうかが重要であるという点だ。さらに言うなら、退職金の総額や支給時期を決議で定め、その決定に従って支給や税務処理を行っていることも損金として認められるためのポイントになる。

 

支払期間長いと「退職年金」に

 この判決を経た後も、国税庁は特に通達を改正するなどの対応はとっていない。分掌変更の退職金を分割支給すると原則的には否認されるというルール自体は変わっていないので、「一括で払える資力がなかったからやむを得ず分割払いにした」などと説明できるだけの材料の有無が、損金として認められるかどうかを分けるだろう。

 

 付け加えると、分割支給をするにしても、その年数が長すぎると、今度は「退職金」ではなく「退職年金」とみなされる可能性も出てくる。もし退職年金と認定されてしまうと、会社にとっては支給する年ごとの損金算入しか選べず、本人にとっては雑所得となり税金の計算も変わってきてしまう。退職金規定を前もってしっかり整備しておくこと、長期間にわたる分割支給がやむを得ない理由のもとで行われているなどの説得材料をそろえておくことを心掛けたい。

 

 ともあれ、分掌変更への退職金の分割支給を損金に算入することは、原則として認められにくい。これを前提として押さえたうえで、実行するのであれば、顧問税理士と綿密に打ち合わせてから行いたいところだ。

 

 また役員退職金で最も納税者と課税庁が対立しやすいテーマとして、退職金の「適正額」がある。仮に要件をクリアして分割支給が損金として認められても、金額そのものが過大で否認されてしまっては元も子もない。こちらも顧問税理士と重々検討を重ねたうえで、適正とみられる退職金の額を決めたい。

 

 退職金は、長年にわたり働いてきた功労者に対する最後の感謝の表れでもあり、本人にとっては会社に貢献する最後のひと仕事でもある。税務面でも〝立つ鳥あとを濁さず〞でありたい。

(2018/04/05更新)